表情から溢れ出る悲しみ、意味深な言葉。そこから心情を読み解き、何かあるのだろうと状況を察する2人。
「『五衰とは、命尽きるという事じゃ。天界人は下界の人間と違い、何百年も長く生き不老ではある。けれども、不死という訳ではない。儂とてお前達と同じように、いつかは命尽きる時がくる』」
「『――そんな……』」
「『その事を楼夷亘羅は……?』」
その言葉を受け、悲観に暮れる2人。
処世が伝える五衰とは……。
その名の通り天命が近づくに連れて、5つの症状が現れる。
一衰。
大僧正が纏う天衣が朽ち果てて色褪せる。天人が纏う古装には2種類あり、普段から着ている衣と、空を自由に飛ぶ事が出来る羽衣がある。その効果は、生命力によって永久に維持する事も可能である。
二衰。
頭上にかぶる花環のような冠が劣化により、艶がなくなって輝きを失う。その冠から発せられる輝きには邪を払う力があり、穢れを寄せ付けない効果があるという。
三衰。
体から絶え間なく発する後光は弱まり、金色の光背が次第に消えて無くなる。後光とは人々を迷いや悩みから救済する力を持っており、その光が無くなれば衆生を救う事は不可能になる。
四衰。
人間が分泌するような皮膚の汗腺から液体が溢れでる。本来、大僧正はどんなに激しく動こうとも汗1つ掻く事はない。しかし、衰えが近づくと、その量も段々増えていく事になる。
五衰。
身体中に痛みが走り、天界での生活に苦痛が訪れる。その苦痛は地獄で受ける苦悩と同じ位に痛みが伴い、まさに生き地獄のような思いである。
これらの5つが、五衰と呼ばれる症状。この内、どれか1つでも該当すれば、天命に近づいている証拠となり得るのだった……。
五衰について、神妙な面持ちで話す処世。その衝撃的な事実を聞かされ、唖然と驚く2人。
「「『…………』」」
思い悩み言葉失うも、何より心配したのは外で待つ楼夷亘羅の想いだった。それを考えると、心苦しく胸が痛い。
「『この事は、楼夷亘羅には伝えてないから知らないだろう……。じゃが、儂は天命が尽きようと再び天界の大陸、極楽の荘厳へ転生して戻ってくる。たとえそれが何百年、何千年の時を経たとしても……』」
再び大地へ舞い戻り、もう一度この天界を導いて見せる。そう熱き想いを語るが、その顔からは笑みが消え、切なそうに呟く処世であった……。
「『――だとしてもです。先程からそのように仰っておりますが、それでは、大僧正様も楼夷も悲しすぎるではありませんか? 私には耐えられません……』」
「『僕も同じ意見です。五衰を聞いた楼夷亘羅は、暫く辛いだろうと思います。ですが、知らされずに突然いなくなる方が酷だと思いませんか?』」
2人は五衰を伝えるべきだと、前のめりになりながら真剣な表情で訴えかける。
「『……誠にすまんが、先ほどの話は儂達だけの秘密という事にして欲しい。そうしないと、この事実を知った楼夷亘羅は、あの時の様に普通ではいられないだろう……。さもなくば、さらに記憶へ負荷がかかり、2度と取り戻す事が出来なくなるやもしれん。じゃから、この通りお願いする』」
楼夷亘羅と初めて出会った頃の事を思い出す処世。当時の悲惨な状況を再度2人へ語りかけ、そうならないためにも、黙っておいて欲しいと頭を下げる。
「『――そんな、その様なことをされては困ります』」
「『そうです、頭を上げて下さい!』」
「『……ですが、どうして大僧正様だけが、そういった状態になるのでしょうか? 私の師匠も以前まで婆羅門を治めていたらしいですが、五衰などなく人間界で今も生きていると聞いた事があります。とはいうものの、それ以降あってはいないのでハッキリとした事は言えませんが……』」
ふと、五衰について疑問に思う伊舎那。幼き頃のことを思い出し、自らの師匠について話す。
「『まぁ、それは人によりけりじゃ。儂のように、全ての力を使い果たすと五衰が訪れる。力を使い果たしていなければ、長寿も可能ではある』」
五衰は生命力の枯渇によって起きる現象であり、処世のように能力を限界まで使用しなければ、延命が可能だという。さりとて、人間界でも手を差し伸べ光を分け与えれば、同じように五衰は訪れるという。
付け加えるなら、力を使い果たせば風貌も同じように老いていく。だが、逆に温存した状態だと、いつまでも若々しい容姿を保つ事が出来る。
「『では、私の師を見つければ、楼夷の記憶も少しは蘇るのですか?』」
「『全ての力……?』」
師匠を探しだせば楼夷亘羅が助かると知り、明るい見通しを得る伊舎那。一方、どうして全ての力を使い果たすまで、生命力を酷使したのだろうか? 不可解な面持ちで呟く吒枳であった……。
「『あぁ、蘇るかもしれん。――ところで、先ほどから伊舎那のいう師匠とは、誰のことを言っているのじゃ? その歳で大僧正といえば、あの方しかおらんと思うが……。是非とも、教えて貰えんか?』」
「『はい、名は龍音といいます。婆羅門で身寄りのなかった私を拾い育て、熱心に指導してくれた、とても良い先生でした。私にとっては母のような存在で、尊敬に値する人物です』」
怪訝な様子で問い掛ける処世。すると、懐かしく想う伊舎那は、過去を振り返り笑みを浮かべ話す……。