神妙な面持ちで2人を見つめる処世。ほどなくして、ゆったりとした口調で真意を語りだす。
「『それは……。伊舎那のいう通り、楼夷亘羅は絶対にしてはならない禁忌の行いをしてしまった。その事が原因で、輪廻転生のサイクルを崩し、縛印にかけられてしまったのじゃよ』」
どうして記憶が受け継がれず、枷によって鍵がかかった状態になっているのか? そのことについて詳しく話す処世。
「『……縛印?』」
「『転生のサイクル……?』」
聞きなれない言葉に、2人は顔を見合わせ困惑する。
「『――そう、魂の輪廻じゃ。人は生まれると、すでに転生先は決まっておる。よほどの黒業を行わない限りは、導きのままに繰り返されるじゃろう』」
「「『よほどの黒業……。それが、死者の蘇生……?』」」
「『そうじゃ、2人は察しがいいな。しかし、楼夷亘羅は電撃を受けて、記憶が欠落している。そう思い込み、そのうち直ぐに戻るじゃろうと考えている。しかし、そんな甘いものではない! 下手をすれば、来世は地獄へまっさかさまじゃ!』」
良きおこないを白業。悪しきおこないを黒業。その果報によって、転生先が決まると処世はいう。
「『そんなぁ……。でも、楼夷は虫や小動物なら生き返らせても大丈夫だって言ってたわ』」
「『僕もそう聞きました。虫や小動物ならよく、人が駄目だなんて……。楼夷亘羅は天鬼に殺された両親を助けようとしただけ。地獄だなんて、余りにも理不尽で可哀そうです」
衝撃的な事実を聞かされ、頭を抱えて思い悩む伊舎那。一方、吒枳は自らの事のように必死に訴えかける。
「『まぁ、それぐらいなら問題はなかった。それに、小さいものであれば因果もしれておる。じゃが、人となれば話は別じゃ。それも2人など……。1人の魂には莫大な因果が纏っておる。その業を解き放つために何度も転生を繰り返し、ようやく永遠の安らぎに到達するのじゃ。吒枳の言っている事もよく分かる。しかし、如何なる理由があるにせよ、死者を蘇らせるなど言語道断なのじゃ!』」
「「『そんなぁ……』」」
悲観した表情を浮かべると、俯き項垂れる2人。
「『2人共、よく聞くのじゃ! 魂を引き戻すという行為は生者にとっては嬉しいかもしれんが、魂にとっては苦痛の何物でもない。じゃから死者を大切に思うなら、その事を重々理解しておくがいい!』」
死者は尊い存在。そのような真似をしてはならんと、厳しく言い聞かせる処世。
「『――では、楼夷の来世は地獄いきが決定という事なのでしょうか?』」
「『もしそうなら、なにか……。何か逃れる術はないのですか?』」
模索する2人は、他に手はないものかと身を乗り出す。
「『うむ? 1つだけ、あるにはあるが……。それは全ての記憶を取り戻し、王の力を覚醒させることじゃ。そうすれば、もしかしたら逃れることが出来るやもしれん!』」
「『――では、今すぐにでも!』」
「『そうですね!』」
処世の言葉に少し腰を上げ、すぐさま行動へ移そうとする2人。
「『まぁ、慌てるでない! 話はまだ終ってはおらん。それに、記憶を取り戻す術は儂にも分からん……。知っていれば、3人を旅になど行かせはせん』」
慌てる2人を宥め、制止する処世。
「『……じゃぁ手の打ちようが無いではありませんか?』」
「『――3人で旅に……?』」
伊舎那は手段があると聞き1度は安堵の表情を浮かべるが、振り出しに戻ったと直ぐに落胆する。一方、最後の言葉が気になり、旅の意味を不思議そうに囁く吒枳。
「『――じゃから落ちついて最後まで聞けば分かる。記憶については、開祖である錠光様なら何か知っているかもしれん。だが、その方は千年前の人物……。今の世界では、既に生きてはいない』」
「『では尚更、八方塞がりではありませんか?』
「『…………』」
再び失意に陥る2人。
「『ほんに……。最後までと、言うたじゃろう。確かに千年前の事ではある。とはいえ、それに付随している人物が必ず何か知っているはずじゃ!』」
「『……錠光様を知っている人物がいるということですか?』」
「『ですが、それは千年前の人……。知っている人を探すのは至難の業!』」
何とか解決の糸口を見つけたい2人は、切なそうな面持ちで処世へ問う。
「『この婆羅門は代々、大僧正によって受け継がれておる。系譜でいえば、儂は53番目の統治者。千年前に治めていた方は、その初代という事になる』」
「『統治者……?』」
「『系譜ですか? なるほど……。それによると、千年前に婆羅門を治めていた大僧正様は3人。ですから処世様を除く、49人の大僧正様に会えば、もしかしたら……?』」
「『そういう事じゃ! 吒枳はよく勉強をしておるのう。その方達に会えば、何かしらの手掛りが掴めるはず』」
「『――本当ですか?』」
錠光の事を知っている過去の大僧正を探し出せば、楼夷亘羅の八方塞がりも、どうにかなると話す処世。そうした解決の糸口を聞かされ、光明を得たとばかりに目を見開く伊舎那。なんとも、今まで見せたことがないような喜びを見せる。
「『――へぇ? 伊舎那さんもそんな表情を見せるのですね』」
「『それはどういう意味でしょうか? ねぇ、――吒枳さん!』」
淡々と心の思いを話す吒枳。その姿は言葉を語ると言うよりも、漏れだしているといった感じだった。そうした暴言を二度三度と繰り返す態度に、再び掌をゆっくり握りしめる伊舎那。
「『えっとぉ……。誤解しないで下さい、先ほどの言葉は笑った顔もすごく素敵だと、そう思ったのです。――もっ、もうせっかちですね、あはは……。はは……』」
その状況に、口角をひきつらせる吒枳は指先で汗を拭い去る。
「『しかしながら、安心はまだ早い。もし儂のように五衰を迎えていたなら、この世にはもう存在しないかもしれないからな!』」
「『――五衰?』」
「『それはどういう意味でしょうか?』」
処世の切なげな言葉に、神妙な面持ちで問い掛ける2人であった……。