頭部を小衝かれ、意味が分からず頭を抱え込む楼夷亘羅(るいこうら)。どうして? そんな面持ちで、跪く伊舎那(いざな)と同じ目線で問い掛ける。 

「『――いてて。伊舎那、何するのさ! 俺、何も変なこと言ってないでしょ?』」
「『――だとしてもって、あれほど言ったでしょ!』」

 2人の様子を微笑みながら見つめる処世(しょせ)

「『ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ。楼夷亘羅と伊舎那は、誠に仲がいいんじゃのう!』」
「『いっ、いぇ。それ程でもありませんが……』」

 大きな声で笑い掛ける処世の言葉に、頬を赤く染め小さく呟く伊舎那。

「『そうだよ、じっちゃん。俺達はとっても仲がいいんだ。何処へ行くのも一緒だし、辛い事、悲しい事、楽しい事なんかも同じように3人で分かち合う。そんな心から信頼出来る仲間なんだ!』」

 嬉しそうな表情で、楼夷亘羅は仲間達の事を処世に話す。

「『楼夷(るい)、――たらぁっ! またそう言って、大僧正様に向かって失礼でしょ。もう、さっき言ったばかりなのに……』」
「『――うぅっ。ごっ、ごめん、伊舎那……』」

 呆れた様子で楼夷亘羅の頭を掴むと、一緒になって処世へ頭を下げる伊舎那。

「『伊舎那よ、構わんから好きなように言わせてやってくれ。誰にも心を開く事がなかった楼夷亘羅にも、ようやく心を許せる相手が出来たんじゃ。こんなにも嬉しい事はない!』」

 楼夷亘羅を見つめる処世は、何度も頷くように笑みをこぼす。

「『――そうだ、じっちゃん! 用件って、もしかしてだけど。俺が何かしでかしていたなら、連帯責任じゃなく自分だけ処罰して欲しい。だから、仲間達は許してもらえないかなぁ……』」

 ふと、何かを思い出す楼夷亘羅。着物の地衿(胸元)へ掌を当て、思い悩む表情で懇願する。

「『心配しなくても大丈夫じゃ。ここへ呼んだ理由はそんな事じゃなく、4つの大陸を治める聖者(天子)から法輪と宝珠を回収して来て欲しい。じゃから、楼夷亘羅よ! 儂の頼みを聞いて貰えるか?』」

 軽く頭を下げる処世は、申し訳なさそうな表情で楼夷亘羅へ語りかける。

「『うん。じっちゃんの頼みなら何でも聞くから、頭を上げてくれよ。それに、そんな簡単な事でいいのならお安い御用さ!』」
「『ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ。それは頼もしい限りじゃな……』」

 慈しむような顔で笑みを浮かべる処世。けれど、その表情からは翳りが見えた。

「『どうしたんだ、じっちゃん? 急にだんまりなんかして、任務の事なら大丈夫だぞ。必ず成功させて直ぐに戻ってくるから!』」
「『いいや、そうではない。ちと昔の事を思い出しておったのじゃ。――ところで、楼夷亘羅よ! 旅の道中は何があるか分からん、十分気を付けて行くんじゃぞ』」

 暫く物思いに言葉を失う処世。その様子を、心配そうに問い掛ける楼夷亘羅。

「『うん。任せといて、必ず期待に応えてみせる』」
「『じゃぁ、すまんが儂は伊舎那と吒枳に話がある。じゃから楼夷亘羅は、少しだけ席を外してくれんか?』」

「『……分かったよ。じゃぁ、外で蓮華でも見てる!』」

 どうして自分だけが……? そんな風に思う楼夷亘羅は、不思議そうに外へ足を運ぶ。
 
「『……それにしても。ここへ来た時は小さい子だったのに、よくぞ立派に育ってくれたものだ。楼夷亘羅からしてみれば、こんなにも歳が離れている儂は爺さんかもしれん。じゃが、お前の事を引き取った時から、ずっと息子のように思っておったぞ……』」



 外へと向かって歩く背中は逞しく、過去を懐かみ寂しげな面持ちで見つめる処世。その光景を、しみじみと想い馳せながら小さく囁いた。

「『忙しいところ、すまんな。実は……。2人にはお願いがあって、ここへ残ってもらっておる』」

 楼夷亘羅が部屋の外へ出た事を確認すると、2人へゆっくり語り掛ける処世。

「『はい。何なりとお申し付けください!』」
「『同じく、私に出来ることであれば、どんな要件もお受け致します!』」

「『――では、早速。儂が楼夷亘羅の育ての親というのは、本人から聞いておるかのう?』」

「『その事でしたら、つい先ほど本人から話しを聞いています』」
「『私も今だに信じられず、驚きを隠せないでいます』」

 突然楼夷亘羅の過去について、唐突に2人へ問い掛ける処世。その言葉を受けた2人は、なぜ今頃その話しを切り出されたのか? 不可解な面持ちで返答する。

「『そうか。では、儂が偶然にも楼夷亘羅を街で見つけ、この婆羅門へ連れて来た。それも、本人から聞いておるのか?』」

「『はい……。そのように、僕は聞いております』」
「『私もそう聞かされ、今の自分があるのは大僧正様のお陰。そんな風に、とても嬉しそうに話していましたが……?』」

 再び意味深な言葉を投げかけ、確認するかのように問う処世。先ほど同様に、言っている意味が理解できずにいた2人。

「『そうか、そうか。そのように楼夷亘羅は言っておったか!』」

「『はい。楼夷亘羅は、大僧正様のような偉大な如来になるのだと、何度も同じ話しをしておりました』」
「『私も、その事を真剣に話す楼夷は初めて見ました。いつもどこかふざけてて、そんな表情を見せないもので、唖然としています』」

 2人の言葉を聞いた処世は、嬉しそうに微笑みながら何度も頷く。

「『なるほど、そんな風に思っておったのか……? そのような素振り、儂には1つ見せんから、心配しておったのじゃよ』」

「『そうなのですか?』」
「『私には、色んな事を話す楼夷(るい)が……?』」

「『あぁ、そうなんじゃ。あの子は昔から気持ちを表に出さんかったからのう。それだけ2人に心を許しているという事なんじゃろう……』」

「『楼夷亘羅がですか? ……僕が出会ったのは、婆羅門へ入門して暫く経った後なので、最初から打ち解けた感じだった気がしますが?』」
「『私も随分と前の事なので、今となってはよく覚えていません……』」

 少し寂しげな表情を見せる処世。幼き頃の楼夷亘羅を思い出し、懐古する……。その様子を見つめる2人は、過去を思い馳せ、色々と振り返って見る。しかし、出会った頃の性格なんて覚えているはずもなく、暫く思考にとらわれた……。