能力について、事細かに2人へ説明する楼夷亘羅(るいこうら)。その力は修練などで身につけた能力ではなく、元々自らに備わっていた特殊な加護だと語る。

「『なるほど……。だから、お花や木の実を摘んでも無くならなかったのは、そのせいだったのね。じゃぁ、そう言ってくれれば、そこまで拒む必要もなかったのに。それに摘んだ時に再生すれば、よかったんじゃないの?』」
「『それは、そうなんだけど。その時は、早く伊舎那(いざな)へ摘んだばかりの花を見せたいと、高ぶる感情を抑えきれなくて……』」

 俯き掌を胸に当てる楼夷亘羅は、小さな声で呟いた。

「『そうだったのね、いつも私のために……。今まで、ほんとにありがとう。楼夷の想いは十分伝わったから、今度からはそうしましょうね』」
「『うん。分かったよ!』」

「『――ところで、最後に言っていた1つだけ出来ない事っていうのは何なの?』」
「『……それは、死者の蘇生。この力を持ってしても、実現は不可能なんだ!』」

 思い詰めた様子で過去を想い馳せる楼夷亘羅。掌をジッと見つめると、先ほどまで明るかった表情から切なげな顔つきへと変貌を遂げる。

「『それはそうでしょ! そんな禁忌の行いなんて、大僧正様でも無理だと思うわ。もしそれが可能なら、輪廻転生(生まれ変わり)解脱(自由の境地)だって、全く意味がなくなるんじゃないの?』」

 伊舎那がいう輪廻転生とは……。
 人は死に魂だけの存在になると、因果という過去におこなった善悪の行為を纏い、何度でも生まれ変わる。そのため、天界に生まれたからといって悪行を尽くせば、天人とて他の五道である人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道に落ちてしまう。

 加えて、同じように死者の蘇生が可能であるならば、いくら修練を積み重ねても意味がない。何故なら、煩悩から解放された自由の境地。その解脱と呼ぶ悟りが出来なくなるからだ。

「『そうなんだけど……。ある時までは可能だったんだ。でもそれは、虫や小動物しか成功した事がないんだけどね』」

 その時の状況を語る楼夷亘羅は、禁忌の行いを1度だけ人に使用した事があるという……。

 ――それは幼かった頃の話。

 楼夷亘羅の両親は、邪悪な屍である天鬼(てんき)に殺された。その鬼とは、天人の死体へ怨念が宿り、穢れを纏った存在。風貌といえば、まさに鬼のような形相で死臭を放つ凶暴な出で立ちをしていた。理性などはなく、そうした状態になってしまった屍は、もう誰にも手が付けられない。換言するなら、彷徨い歩き容赦なく人々を襲う亡者といえよう。



 その彷徨い歩く鬼に両親を殺さた楼夷亘羅は、魂を引き戻し生き返らせようと試みた。しかし、術をかけようとした瞬間、体中に無数の電撃が走り結果は失敗。その時の後遺症で、それ以前にあった記憶が所々欠落してしまう。さらに、可能だった虫や小動物でさえ生き返らせる事は出来なくなったという。

「『そんなぁ……。どうして今まで教えてくれなかったの……? 楼夷にそういった過去があったなんて、ほんと知らなかったわ。いつも私の前では笑いかけ、そのような素振りすら見せないから。てっきり順風満帆に生きてきたのかと……』」

 伊舎那は切なそうな表情で楼夷亘羅を見つめ、暫くその場で沈黙する。

「『伊舎那、そんな顔しないでよ。俺はその時の事を忘れたくて笑ってるんじゃない。君が優しく微笑んでくれるから自然と笑っているんだ。だから……。あの時の事だけは絶対に忘れない、この世界の人々が幸せになるまでは……』」

 大きく開いた掌を、目の前に近づける楼夷亘羅。天上へ伸びる螺旋の階段をぼんやりと見つめ、ゆっくり握りしめていく。

「『楼夷……』」
「『だから、伊舎那と同じように俺にも目標がある。それを叶えるまでは……。――そして! じっちゃんへ恩返しするためにも、必死に頑張っているのさ!』」

「「『――じっちゃん!?』」」

 前触れなく話しの中に現れた、じっちゃんと語る人物。それが一体、誰なのか? 顔を見合わせ、不思議そうに呟く2人。楼夷亘羅とは数年間ではあるが、ずっと一緒に過ごし共に歩んできた。とはいえ、真剣に語るその人物の事は知らない。家族の事を言っているのか? もしくは既に亡くなってしまった人への想いなのか? 本人しか分からなかったが、話しを遮る事なく耳を傾ける。

「『うん。商人の階級だった俺は、両親が死んで身寄りがなかった。だから……。拾いあげてくれ、この場所へ連れて来てくれた人。そればかりか、婆羅門へ入門させて貰い何不自由なく今まで育ててくれたんだ。その恩を返すためにも、――いつか必ず! じっちゃんの代わりに、この頂点である如来を目指し全ての者を救うのさ!』」

 楼夷亘羅が口にする商人の階級とは……。
 この天界には4つの階級がある。上から順に僧侶階級、武人階級、商人階級、平民階級の4つが存在している。さらに、その下には被差別階級と呼ばれた最も人々から虐げられる者達がいた。

 その実態は……。
 各々の身分として作られた階級。名前の通り、被差別民達はまともな仕事になど付けるはずもない。そのため、人が嫌うような屍の片付けや汚物処理を専門とした仕事が与えられる。何よりも辛く苦しかったのは、同じ天人から蔑まれ穢れるなどの理由から泉の水を飲用する事が禁止されたことだ。それにより、被差別民達は不衛生な泥水をすすり、日々の暮らしに耐えながら細々と生きる。

 そんな過酷な生活を強いられ、安らぎの場所など何処にも無い。そのような状況に、病気で死ぬ者。餓死で亡くなる者。自ら命を落とす者。同じ人間であるというに、悲しき現実。そうした理由から、死者が後を絶えず、死体は片付けられる事はない。周囲に散乱した屍は、やがて無念の死を遂げ怨念を纏う天鬼へと変貌する……。