「目覚めなさい、クズミン。さあ、目覚めるのです」

誰かが僕の名前を呼んでいる。
僕はその声にいざなわれるように目を開けた。

「起きましたね、クズミン」

僕が目を覚ますとそこは真っ白い空間だった。
そして白い装束を纏ったきれいな女性が僕に対して優しく微笑みかけている。
見覚えのない顔だ。

「あ、あの、ここはどこですか? あなたは……? どうして僕の名前を……?」
立ち上がりその女性に問いかけた。

「ふふふ。クズミン、あなたの身に何が起こったか憶えていますか?」
「え、ええっと……」

目の前の女性の言葉を受けて僕は記憶の糸を手繰り寄せてみる。
確か森の奥深くでライドンたちとゴブリンを倒して……って僕は倒してないけど、それからベヒーモスに遭遇したんだ。

ベヒーモスはとても強いモンスターでチェゲラとマリンの攻撃はまったく効かなかった。
それを見てライドンがスキルの【破壊剣】を唱えてから――僕を斬りつけて……。

ハッとなった僕は咄嗟に左足を確認した。

「あれ? ……足が、ある」
さらにベヒーモスに突き刺されたはずの胸も見るが「傷がない……」僕の足も胸も傷一つついてはいなかった。

「ど、どういうことですか? もしかしてあなたが助けてくれた――」
「クズミン、あなたは死んだのですよ」
「え……」
死んだ……?
僕が……?

「ここは死後の世界です。私は死をつかさどる女神です。クズミン、あなたは仲間に裏切られ足を斬り落とされてベヒーモスに胸を突き刺されて死んだのです」
「……そ、そうだ。ぼ、僕は確かに死んだ。ライドンに足を斬られてベヒーモスに殺されたんだ……お、思い出しました」
吐き気とともに記憶が戻ってくる。

「そうですか、それはよかったです」
女神と名乗った女性は笑顔を絶やさず口にした。

「……じ、じゃあ、本当にここは死後の世界で、あなたは女神様なんですね」
「ええ」

……十五歳にして死を迎えるとは短い人生だったな。
でもあのまま生きていたとしてもスキルのない僕にはまともな未来なんてなかったのかもしれない。
そう考えれば少しは諦めもつく。

人生の最後に仲間に見捨てられたことはとてもショックだがライドンたちを呪ったところで今更なんの意味もない。

「女神様、僕はこれからどうなるんですか? 天国に行けますか? それとも地獄、でしょうか?」
「残念ですがそのどちらでもありません」
およそ残念ではなさそうに言う。

「あなたはスキルを持っていないと思っていたようですがあなたにもスキルはありますよ。そしてそのスキルはあなたが死んだ時に発動していたのです」
「え……それはどういうことですか?」
「あなたのスキルは死ぬたびに生前よりもさらに強靭な肉体となってよみがえることが出来るという強復活というものです。そのスキルによってあなたは間もなく元の世界によみがえることとなります」

女神様がそう口にした瞬間僕の体がまばゆい光に覆われた。

「うわっ、まぶしいっ」
「そうそう、言い忘れましたが寿命による死はその限りではないので安心してくださいね。それでは次はあなたが寿命を全うした時にお会いしましょう」

光に包まれ何も見えなくなった僕に女神様の声が届いたかと思うとその数秒後、周囲から鳥や虫の鳴き声が聞こえてきた。

気付けばいつの間にか光は消えてなくなっていて僕は真っ白い空間ではなくついさっきまでライドンたちと一緒にいた森の中に一人立ち尽くしていたのだった。

「ほ、本当に生き返った……?」

僕は自分の手を閉じたり開いたり動かしてみる。
それから軽くジャンプもしてみた。
何もおかしなところはない。それどころかさっきまでよりも体が軽い感じがする。

「すごい……本当に生き返ったんだ」

とそこへ、
『グオオォォォーン!!』
聞き覚えのある咆哮が耳に入ってくる。
ベヒーモスだ。

さっき出遭ったベヒーモスがまだすぐ近くにいる。
早く逃げなくては。

僕は声のする方とは逆方向に走り出した。
だがベヒーモスの咆哮は徐々に大きくなってきていた。
方法はわからないがどうやら僕の居場所を感知して追ってきているようだ。

『グオオォォォーン!!』

森の木々がなぎ倒されベヒーモスが僕のすぐ後方まで迫っている。

駄目だ、ベヒーモスの方が僕より早い。
追いつかれるっ。

そこで僕は《死ぬたびに生前よりもさらに強靭な肉体となってよみがえることが出来る》という女神様の言葉を思い返していた。

そうだ。
僕は一度死んでよみがえっているからもしかしたら今の僕ならベヒーモスに勝てるかもしれない。

そう思い僕は覚悟を決めると逃げるのを止め振り返った。
そして腰の短剣を引き抜き、
「一か八かだっ!」
突進してくるベヒーモスを迎え撃つのだった。