マリンが身をひそめているセンダン村までの道のりは長く遠い。
悠長にしているとマリンに逃げられる可能性もある。
そこで僕とニーナはリンドブルグの町からセンダン村の一番近くにあるというサラニアの町まで乗り合い馬車を利用することにした。

乗り合い馬車には他に老夫婦とその孫娘らしき少女が乗っていた。
僕の素性は知らないようだったので僕たちは世間話を交わし和やかに時を過ごしていた。

馬車に揺られながら僕は老夫婦と他愛もない話で盛り上がる。
少女はニーナと気が合ったようですぐに打ち解けた。
用意していた昼ご飯をお互いに交換し合って満腹になったのか少女とニーナは眠りにつく。


◆ ◆ ◆


リンドブルグの町を出て三時間ほど経った頃だろうか、突然馬がいななき馬車が急停止した。
何事かと僕は馬車の窓から顔を出した。
すると御者の男性が慌てた様子で逃げていくのが見えた。

「ん、どうしたんだ?」
「クズミンさん、何かあったんですか?」
いつの間にか起きていたニーナが僕に訊いてくる。
振り返ると老夫婦と少女も不安げな顔で僕をみつめていた。

僕が肩をすくめてみせた時、
「おら、クズミンとかいう奴は出てこいっ!」
外から野太い声が聞こえた。

「中にいるのはわかってるんだぞっ!」
僕を名指しして呼びかけていることからどうやら僕の素性がバレてしまっているらしい。
おそらくは僕を狙う賞金稼ぎが現れたのだろう。
やはり髪を隠すくらいの変装では不充分だったようだ。

「クズミンさん……」
「ごめん、ちょっと行ってくる」
ニーナにもたまたま乗り合わせた三人にも迷惑をかけるわけにはいかない。
僕は賞金稼ぎの指示通り馬車のドアを開け地面に降り立った。

「おお、ずいぶんと聞き分けがいいじゃねぇか」
「へっ、こんな弱そうな奴が金貨十枚とはな。ボロい商売だぜっ」
賞金稼ぎはいかつい顔をした男二人組だった。
大きな剣を手にして僕を小馬鹿にするような目でじろじろと見てくる。

どこで僕の正体がバレたのだろうか。
リンドブルグの町からつけられていたのだろうか。
考えていてもらちが明かないのでいっそ訊いてみることにした。

「なぁあんたたち、僕がこの馬車に乗っていることどうしてわかったんだ?」
「あん? てめぇにゃ関係ねぇだろっ」
「まあ待てコザック。冥途の土産に教えてやろうじゃねぇか」

小柄な方の賞金稼ぎはそう言うと僕に向き直る。

「さっき逃げてった御者の男が知らせてくれたのさ。あいつにはたんまり貸しがあるからな」
「逃げたのも後で疑われないようにするためのただのフリだぜ。きっとその辺に隠れてやがるはずさ」
「ふーん、そうだったのか。っていうか訊いておいてなんだけどそんなこと僕に話しちゃっていいのか?」
「へへっ、構うもんかよ。どうせお前は……ここで死ぬんだからなっ!」

大柄な方の賞金稼ぎが大剣を振りかぶり僕に向かって駆け出した。
目の前まで来ると「スキル、必殺剣っ!」と大剣を勢いよく振り下ろす。

僕はその剣撃を難なくかわすと大柄な賞金稼ぎのあごに掌底をお見舞いした。
首が九十度曲がり大柄な賞金稼ぎは膝から崩れ落ちるようにして地面に倒れ込んだ。
かなり手加減したから死んではいないと思うがたとえ死んでいたとしてもそれは自業自得というものだ。
殺そうとする人間は当然殺される覚悟もあるはずだからな。

「な、な、なっ……!?」
あっさりと仲間がやられたことで小柄な賞金稼ぎが言葉にならない声を上げる。

「お、お前、Eランクの冒険者のはずだろっ……コ、コザックはレベル72だぞっ。Aランク冒険者にも匹敵するほどの強さなんだぞっ……!」
「そう言われてもなぁ。僕の方が強いってことだろ」
「なっ、ふ、ふざけるなっ!」
小柄な賞金稼ぎは剣を投げ捨てると「スキル、銃具現化っ!」と唱えた。
直後手の中に大型の拳銃が出現する。
その上でそれを僕に向け発砲した。

ズドンッ!

だが僕はその銃弾を右手で受け止める。

「痛っ」
手の平に少しだけ痛みが走り、見ると右の手の平には血がにじんでいた。

「な、な、なんなんだお前はっ……!? どうして無傷なんだっ……!」
「無傷じゃないよ。ほら見ろ、血が出てるじゃないか」
「う、うわあああぁぁぁーっ!!」
恐怖で顔が引きつる小柄な賞金稼ぎ。
持っていた大型の拳銃を撃ちまくる。

僕はそれらを手ではじきながら小柄な賞金稼ぎの前まで走り出た。
そして、
「痛いだろうが、この野郎っ」
小柄な賞金稼ぎの顔面を殴り飛ばした。
豚の叫び声のような奇声を発して小柄な賞金稼ぎが遠くへ吹っ飛んでいく。

「……まったく」

血がほんの少したらりと垂れている手を振り払うと僕は馬車へと戻った。
老夫婦は驚きの顔を僕に向けたが少女は興奮した様子で「お兄ちゃん、強いんだねっ」と顔をほころばせていた。

「クズミンさん、大丈夫でしたかっ?」
「うん、まあね」

その後しばらく待ったが御者の男性が戻ってくることはなかった。
おそらくどこかから賞金稼ぎたちが僕に返り討ちになるところを見ていて本当に逃げ出してしまったのだろう。