門番の男性にお礼を言いその場を離れると僕たちは歩きながら顔を見合わせる。

「森を避けて遠回りすると二日余計にかかるみたいだな」
「そうですね」
「どうしようか?」
「う~ん、どうしましょうか」

僕たちが心配しているのは水と食糧のことだ。
ドドーラの町を出る時リンドブルグの町までは三日でたどり着けると聞いていたので三日分の水と食糧しか買っていなかった。
だから既に三日が経過している今、もうどちらも底をつきかけているのだった。

僕一人なら迷わず森を突っ切るのだが……。

すると、
「クズミンさんならたとえドラゴンが現れても倒せるんじゃないですか?」
ニーナが僕の顔を覗き込んで言った。

「うん、まあ多分勝てると思うけど……ニーナはドラゴン怖くないの?」
「クズミンさんと一緒ならわたしは平気ですよ」
とニーナ。
おそらく僕に気を遣って気丈に振る舞っているのだろう。

ニーナがいる以上安全策をとった方がいい気もするが既に三日間歩き通しなのにその上さらに二日間ニーナを飲まず食わずで歩かせるわけにもいかない。

「じゃあ、森を抜けていこうか?」
「はい」

こうして僕たちはドラゴンが目撃されたという森に向かうことにした。


◆ ◆ ◆


国境沿いを南下していくと広大な森が僕たちの行く手を塞ぐ。
何やら不気味な雰囲気のするその森を前にして、
「もしもドラゴンが出てきたらすぐに隠れるんだよ」
ニーナに話しかける。

「はい、わかりました」
ニーナは緊張した顔で一つうなずいた。

僕たちは森へと足を踏み入れる。
森の中は大きな木々がうっそうと生い茂っていて日の光があまり差し込んできておらず薄暗く肌寒かった。
そんな森の中を僕もニーナも慎重に進んでいく。


いつドラゴンが姿を現すかと僕たちは気を張っていたがそのような気配は一切なく二時間ほど歩いたところで森の出口が見えてきた。

「ドラゴン、出てきませんでしたね」
「うん、そうだね」

森が予想以上に広かったせいか僕たちはドラゴンはおろか他のモンスターにも遭遇することはなかった。
ニーナはどうかわからないが僕は正直拍子抜けしていた。
Aランク冒険者でも一人ではまったく歯が立たないようなドラゴン相手に僕がどれだけ戦えるのか少しだけ楽しみにしていたふしもあったのだが。

「まあ、いないならいないでそれに越したことはないか……」
「はい、そうですね」
と微笑み合ったその時だった。

『ギャアアアァァァオ!!』

モンスターのけたたましい鳴き声が森中に響き渡った。
その声を受け鳥たちが一斉に飛び立っていく。

「クズミンさんっ」
「ああ、ドラゴンだ。ニーナは僕の後ろに」
隣にいたニーナをかばうようにして手を伸ばすと僕は辺りを見回した。
姿は見えないが今のびりびりと大気が震えるような威圧感のある叫び声はドラゴンのものに違いない。

すると、
「クズミンさん、上ですっ!」
『ギャアアアァァァオ!!』
ドラゴンの咆哮が次の瞬間頭上から降ってきた。
顔を上げると大きな翼を広げた緑色のドラゴンが僕を射殺すような目でにらみつけている。

僕と一瞬目が合ったドラゴンは翼を大きくはためかせ突風を巻き起こした。
見えない攻撃が襲い来る。

「ぐあっ」
「きゃあっ!」

僕はニーナの盾になってそれを受けた。
風が止んでから体を見ると無数の切り傷がついている。
風の刃のようなもので斬り裂かれたらしい。

「ニーナ、あの木の陰に隠れててっ。僕はドラゴンを倒すっ」
「は、はいっ」

ニーナが駆け出していく。
ドラゴンは逃げたニーナには目もくれず僕をじっと見据えていた。

「今度はこっちの番だっ」
僕は地面を蹴ってドラゴンの正面にまで跳び上がる。
そしてドラゴンの顔面に右拳を――

『ギャアアアァァァオ!!』

撃ち込もうとした瞬間、ドラゴンが大きな口を開け炎を吐いた。

「うおっ……!?」
「クズミンさんっ!」

炎に飲み込まれ地面に落下する僕。

「クズミンさんっ!」
「だ、大丈夫っ。ちょっと驚いただけだからっ」
これは強がりなどではなく本当のことだ。
実際に大したダメージは受けていない。

すんなり立ち上がった僕を見てドラゴンが追撃のため急降下してきた。
僕は勢いのついたドラゴンの突進を左手で受け止めると、
「ぐぅっ……この、これでもくらえっ!」
ドラゴンの額を全力を込めた右拳で撃ち抜く。

『ギャアアアァァァ……!!』
僕の一撃はドラゴンの額を突き破った。
脳まで達していたのかピンク色の内臓のような物体が飛び散り、黒みがかった血液が大量に噴き出る。
断末魔の叫び声を上げたドラゴンは力なく地面に横たわった。
体長五メートル以上もの巨体が倒れ地響きが起こる。

「クズミンさんっ」
それを見てニーナが駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか、クズミンさんっ?」
「ああ、問題ないよ」
多少の切り傷と火傷は負ったが最強クラスのモンスター相手にこの程度の傷で済めば上出来だろう。

その後ニーナはドラゴンの耳を切り取ろうとしたがドラゴンには耳がなかったので仕方なく角を切り落とすことにした。
しかしドラゴンの角はさながら鋼のように硬くニーナの持っていたナイフではまったく歯が立たなかったので僕がドラゴンの角を二本とも折ってニーナに手渡した。

「あ、ありがとうございます、クズミンさん」
「さてと、じゃあもうひと踏ん張り頑張って歩こうか」
「はいっ」

僕とニーナは疲れた体に鞭打って凄腕の占い師がいるというリンドブルグの町を目指すのだった。
リンドブルグの町まではあとわずかだ。