チェゲラの首が宙を舞い床に落ちて転がる。
それを見た客たちがカジノから一斉に逃げ出した。

悲鳴と怒号が乱れ飛ぶ中、僕はチェゲラの死体を見下ろしただ立ち尽くす。

「……ちっ」
と舌打ちを一つ。

僕は後悔していた。
チェゲラを殺したことにではなくあっさりと殺してしまったことにだ。

僕と同じ苦痛と絶望を味わってもらいたかったのについカッとなって一瞬で終わらせてしまった。
もっと言うとライドンとマリンの居場所も聞きそびれてしまった。

するとそこに、
「クズミンさんっ」
僕を呼ぶ声。

振り向くと僕の方にニーナが駆け寄ってきていた。
おそらくパニックに乗じてカジノに入ってきたのだろう。

「ニーナ」
「こ、この人がチェゲラ……さんですか?」
「うん」
床に転がっていた頭部をおっかなびっくり確認しながらの問いかけに僕は平然と答える。

「失敗したよ。他の二人の居所を聞き出せなかった」
「あっ、それですけど、今さっきクズミンさんに聞いていた特徴にそっくりの女性がカジノを走って出ていくのを見かけましたっ」
「マリンかっ?」
「はい、多分そうだと思います。追いかけようとしたんですけど見失ってしまって……すみません」
と申し訳なさそうにニーナ。

「そっか、マリンもカジノにいたのか……」

うかつだった。マリンの存在には気付かなかった。
チェゲラをみつけて思わず大声で叫んでしまったのがまずかったのかもしれない。

「でもまだ近くにいると思うから探してみよう」
「はい」

とそこへ、
「あいつです、あの男っ! あの男が人殺しですっ!」
カジノの男性客が町の警備兵三人を連れて戻ってきた。

それを見て僕は、
「ニーナ、先に町を出ててくれ。すぐ追いつくから」
と小さく声をかけるとニーナのそばから離れる。
僕と共犯だと思われたら面倒だからな。

ちらちらとこちらを振り返りながらニーナが無事カジノを出ていった。
それを横目で見つつ僕は警備兵たちに顔を向ける。

「おい、貴様っ。おとなしくしろっ」
「無駄な抵抗はするなよっ」
「逆らうとどうなっても知らんぞっ」
警備兵たちは槍を突き出して僕を牽制してきた。
みんな体格がよくその上頑丈そうな鎧を身に纏っているのでかなり強気だ。

相手は三人。
今の僕なら余裕で倒すことは出来るだろうが力加減を間違って万が一彼らを殺めてしまっては事だ。
あくまで僕の標的はライドンたちだけであって無関係な人間を手にかけるつもりは毛頭ない。

「おとなしく投降しろっ」
「手を上げて後ろを向けっ」
「早くしないかっ」
声を投げかけてくる警備兵たち。
事情を説明したところで人一人殺している以上さすがに無罪放免となるはずもない。

僕は投降するふりをして両手を上げた。
そして一瞬警備兵たちの気が緩んだその隙を見逃さず、彼らが持っていた槍の先端を素早く切り落とすと僕は脱兎のごとく逃げ出した。


◆ ◆ ◆


町を出ると僕を待ってくれていたニーナと出くわす。
僕はニーナと合流すると警備兵たちが追いついてくる前にバイラックの町から離れた。

幸いにもバイラックの町の周辺には背の高い草木が生い茂っていたので身を隠しながら追っ手をまくことに成功したようだった。

しばらくして完全に追っ手を振り切った僕たちは偶然見つけた洞穴に入り一時の休息をとることに。
洞穴の中は適度に涼しく休むにはもってこいだった。

「ごめんニーナ、僕のせいでだいぶ走らせちゃったね」
「いえ、全然大丈夫です。わたしこれでも体力は結構あるんですよ」
とニーナは僕に笑顔を見せてくれる。
だが少し息が切れているところを見るとやはり走り疲れたのだろう。

僕とニーナはそれぞれ水の入った水筒を取り出すとそれで喉を潤しながら、
「マリン……さんたち、どこにいるんでしょうね」
「うーん、そうだなぁ……」
言葉を交わす。

「ライドンはわからないけどマリンは僕がチェゲラを殺すところを見ていただろうからね、チェゲラの二の舞を恐れてどこかに逃げたんだと思う」
「す、すみません。わたしが見失わなければ……」
水を飲む手を止めて頭を下げるニーナ。

「いや、ニーナのせいじゃないよ。僕がもっと注意深く行動するべきだったんだ。それにみつける方法は必ずあるはずだから気にしないで」
とニーナには言ってみたがそんな方法あるのだろうかと心の中で自分に問いかける。
ライドンはともかくマリンは二度と僕の前に姿を現すことはないんじゃないだろうか。

そんな不安が頭をよぎった時、
「わたしのスキルが人探しに特化したようなスキルだったらクズミンさんの役に立てたのに……」
ニーナがぽろっと口にした。

人探しのスキル……?

「そうかっ、それだよニーナっ」
「えっ?」
「前にライドンたちが話しているのを聞いたことがある。リンドブルグって町にはすごい占い師がいるって。確かその占い師のスキルがサーチっていってどんな探し物でもみつけだすことが出来るらしいんだ」
「そうなんですかっ?」
「ああ」
その占い師に聞けばライドンとマリンの居場所がつかめるはずだ。

「じゃあそのリンドブルグって町に向かいましょう、クズミンさん」
「いいのか? 多分かなり遠いけど」
「はい。わたしは何があろうとクズミンさんについていくって決めていますから」
ニーナは真っ直ぐ僕の目を見て言う。

「ニーナ……ありがとう」


その頃バイラックの町では殺人の罪で金貨十枚の賞金首として僕の手配書が新たに作成されていたのだがこの時の僕はそのことをまだ知らないでいた。