「お化け屋敷……?」
「そうよ。私が良太くんと一緒に来たかったのはお化け屋敷なのっ」
高木が楽しそうに手をかざす。

「なんでお化け屋敷なんか……」
よりにもよって俺の苦手なお化け屋敷が目的地だったとは。
俺は子どもの頃、東京タワーのお化け屋敷みたいなところに入って以来お化け屋敷がトラウマになっている。
ホラー映画は好きだが自分が実際に体験するとなると話は別だ。

「本当にここに入るのか?」
「そうだけど……何? 怖いの?」
「いや、別に、全然」
強がってみせる。
男なのにお化け屋敷が苦手だということはあまり知られたくない。

「俺は高木が大丈夫なのかと思っただけだ」
「なぁに、私のこと心配してくれたんだ。彼氏らしくなってきたじゃん」
俺の頬をにこにこした顔でつついてくる。

「やめろ、こら」
人の目というものをまったく気にしていない。
いつもの学校で見る優等生の高木とはえらい違いだ。

「ふふふっ。じゃあ早速中に入ろっ」
俺の腕を掴むと引きずるようにしてお化け屋敷の中へ進んでいった。今日はこんなのばかりだ。

中は照明がほとんどなく足元もおぼつかない。

「きゃあぁぁぁー!」

どこかから女性の悲鳴が聞こえてきた。
俺の腕を掴む高木の手に力が入る。爪が刺さってちょっと痛い。
俺は聞こえた悲鳴に内心ドキッとしながらも高木の手前、平静を装った。

遊園地側が用意した音声だったのかそれとも実際の女性客の声だったのか判別できないリアルな声がお化け屋敷内にこだまする。
俺はホラー映画のようなじわりじわりとくる怖さは平気だが、突然の物音などはかなり苦手なのだ。
もし隣に高木がいなかったら今頃は嬌声を発しお化け屋敷内を一心不乱に走り回っていることだろう。

「ねぇ、あれって井戸だよね……」
「ん?」

少し歩き角を曲がったところで井戸が目に入ってきた。
つたが絡まり古ぼけた不気味な井戸。いかにもな感じだ。

「絶対何か出て来るよ、良太くん」
「そ、そうだな」
俺たちは肩を寄せ合いながらゆっくり慎重に井戸の方へ歩みを進める。

頼むからいきなりバン! みたいなことはやめてくれよ。
そう心の中で祈りながら近付いていく。
一歩一歩足音を立てないように井戸のそばまで。

そして……俺の祈りが通じたのか何事もなく井戸の横を通り過ぎることが出来た。

「はぁ~怖かった。何も出てこなかったわね」
「そういう驚かせ方なんだろ」
びびって損した。

その時、
「きゃっ!?」
高木が声を上げた。
と同時に俺の腕にしがみつく。

「な、なんだよ」
びっくりした~。

「なんか冷たいものが首筋に触れたのよ。多分手だったと思う」
「本当かよ……気のせいじゃないのか」
お化け屋敷の従業員は客に触れてはいけないらしいからな。
きっと高木の勘違いだ。そうであってくれ。

「本当だってば……」
「それはわかったからちょっと離れてくれないか。歩きづらいんだが」
高木は俺の腕にぎゅっとしがみついて離れないでいる。

「こ、怖いんだからいいでしょ。それに美少女にしがみつかれて嬉しくないわけっ」
嬉しいとかそんなことを考える余裕はないんだよ。
実のところ俺はお前以上に内心びびりまくっているんだからな。

「怖いんならお化け屋敷になんか入らなきゃよかっただろうが」
「記念になるかなと思ったのっ」
なんの記念だよ、まったく。
高木のせいで寿命がマジで縮まりそうだ。

「ね、ねぇ良太くん、あれ見て……」
高木が震えながら前の方を指差す。
見ると落ち武者の人形が天井から吊るされていた。
首吊り死体のように見える。気持ちの悪い。

「平気だ。きっとさっきみたいに何もないさ」
と自分に言い聞かせるように言葉を吐き出す俺。
「う、うん」
高木は小刻みに震えていた。

俺たちは二人して丸くなりながら落ち武者の人形のすぐ前を通り過ぎようとした。

次の瞬間――
落ち武者が突然顔を上げぎょろりと高木と目を合わせた。

「きゃあぁー!!」

高木は悲鳴を上げ俺の腕を絡ませたまま猛ダッシュ。

「わっ!? おい、こらっ、そっちは」

俺の声はパニクる高木には届かない。
俺たちはそのままもと来た通路を逆走してお化け屋敷の入り口から飛び出た。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
恐怖で息もままならない高木を尻目に結局俺は「お客様、困りますよ!」と注意してくる従業員に平謝りする羽目になったのだった。