大型トラックにひかれて大量出血した人間が入院もせずに帰るなんてことはまずないだろうが、何を隠そうこの俺がそうだ。
マラソン大会中に大事故に遭い、病院に救急搬送されたにもかかわらず俺はその日の夜には帰宅していた。

「良太、あんた本当に大丈夫なの? やっぱり今日くらい入院した方がよかったんじゃない?」
これで何度目だろうか、母さんが心配そうな顔で俺に確認してくる。

「だから平気だってば。こうやって普通に晩飯も食べられてるんだし」
俺はピザを丸めて口に放り込んだ。

「無理してないでしょうね? あんた昔から病院が嫌いだったから」
「無理してないよ。いい加減俺の言葉を信じろよな」
「う~んもう、わかったわよ」
親だから心配するのはわかるがさすがにうんざりしてきた。

「そういえば病室に来てた眼鏡の女の子、あの子は友達なの? それとも彼女?」
さっきまでの表情とはうってかわり白い歯を見せ、にやりと笑う母さん。

「ただの部活仲間だよ」
「へーそう。可愛い子だったわね。あの子なんて名前?」
「いいだろ別に」
「教えなさいよ、減るもんじゃないし。どこの子なの?」
異性がらみの話を母さんとはしたくない。思春期なんだからわかってくれよ。

母さんの質問攻勢をどうやり過ごそうかと考えていると、

ピンポーン!

ちょうどいいタイミングで玄関のチャイムが鳴った。

「俺が出るよっ」
「あ、ちょっと」
逃げるように席を立つ。

「こんばんはー。美沙ですー」
既にドアを開け玄関に入ってきていたその人は隣に住む一個上の幼馴染の美沙さんだった。
昔はよく遊んでもらっていたが、高校に上がってからは別々の学校ということもあってか顔を合わす機会はほとんどなくなっていた。

「あっ、良太くん大丈夫なの? 事故に遭ったって聞いたけど」
「あ、はい。大丈夫ですけど……えっと誰に聞いたんですか?」
「さっきおばさんから連絡があって」
とその時、
「あら~、美沙ちゃん。少し会わない間に大人っぽくなって」
母さんがリビングからやってきた。

「おばさん、お久しぶりです。おばさんも相変わらずおきれいで」
頭のつむじが見えるくらいに深く頭を下げる美沙さん。

「あらあら、お世辞まで覚えちゃってまぁ」
「そんな、お世辞じゃないですって」
美沙さんは高校のブレザーを着ていた。学校帰りだろうか。

「推薦受かってんだってね、おめでとう」
「ありがとうございます」
「もしかして良太のお見舞いに来てくれたの?」
しらじらしい。母さんが催促したようなもんだろ。

「あ、はい。それで良太くん大丈夫なんですか?」
「もちろんよ。この子は丈夫さだけが取り柄みたいなもんだから」
と俺の頭をくしゃっと撫でる。

「よかった~。おばさんから連絡もらってから心配で心配で……」
「あらそうだったの、ありがとうね~、こんなバカ息子のこと心配してくれて」
「いいえ、そんな――」
「もしよかったらこの子のこともらってくれないかしら? 彼女なんて出来たことないのよ」
「おい、何言ってんだっ」
頭おかしいのか。

「私も彼氏なんていたことないですから大丈夫ですよ」
と美沙さんは顔の前で手を振る。確か美沙さんは女子高だったよな。

「あら、今ってそんなものなのかしら。私が若い頃なんて……」
あーやめてくれ、親の恋愛話なんぞ聞きたくもない。
俺はその場を離れ、リビングでピザを一切れ掴むとそのまま自分の部屋に避難した。