「次はあなたの番よ」
誰かが言った。
黒い影が僕の手を取ってゆっくりと歩き出す。大きな手だ。
明かりが差し込む扉の前に立つと
「ここでまってて」
と一人取り残された。
僕は不安になる。
「あなたもこっちよ」
と言って黒い影が女の子を連れてきた。
「仲良くするのよ」
と女の子の手を僕に握らせる。
すると女の子が言った。
「手を離さないでね、お兄ちゃん」
――次の瞬間、太陽のように優しい笑顔が僕たちをむかえてくれた。
「産まれてきてくれてありがとう。わたしのかわいい天使たち」


「何よこれ?」
さくらが校内新聞を持って小説のコーナーを指差す。

「何って俺が書いた小説だよ」
「そんなことはわかってるわよ。だからこのくそしょうもない小説はなんだって言ってるのよっ」
「お前口悪いな」
いろいろあって俺の書いた小説を新聞部が発刊している校内新聞に載せることになったため俺はアニメを見る時間を削ってまで執筆に励んだのだが……。

「っていうかこれって小説なの? だっさいポエムみたい。あたしポエムって意味わからないから嫌いなのよね」
ひどい言われようだ。

「新聞部の部長さんは快く受け取ってくれたぞ」
「そんなの建前に決まってるじゃない。裏ではきっと部員同士であんたの小説を笑ってるわよ」
すると、
「え~、うちはええと思うけどな~。この小説なんかあったかい感じがするやんか」
土屋さんが助け舟を出してくれる。
さらに流星も「僕も好きですよ、この小説」と続ける。

「ほら見ろ、評判いいじゃないか」
自分でも驚きだが。

「この二人は何もわかってないのよ。美帆に訊くのが一番だわ。なんたっていつも小説読んでるくらいだもの」
そう言ってさくらは高橋に目を向けた。
「どうなの美帆、これを読んだ正直な感想を言ってちょうだい」

文庫本のページをめくっていた手を止め高橋が顔を上げる。
「……嫌いじゃない」
一言つぶやいた。

「高橋も嫌いじゃないってさ、俺の小説」
「美帆は優しいからあんたに気を遣ってるだけよ」
「ならお前も気を遣え」
こっちは先輩だぞ。

「あっ、美帆ちゃんのこれくらげやん。可愛ええな~」
高橋のカバンについていた小さいくらげのぬいぐるみを触りながら土屋さんが口を開いた。
「どうしたんこれ? 前はつけてなかったやろ」
「……」
高橋は無言で俺を見る。
高橋の奴、俺があげたくらげのぬいぐるみを学校に持ってきていたのか。

「ん? なんやの? 真柴くんがどうかした?」
「……」
なおも無言の高橋。

「そんなことはどうでもいいのよっ。今は良太のぼんくら小説について話してるのっ」
さくらは声を上げる。
「いい? みんな。こんな駄作が文芸部の代表作品だと思われたら文芸部の恥なのよっ」
すげー言うな。というかこいつにも恥という感情はあったんだな。

「これならあたしの書いた小説を載せるべきだったわ」
「そういやお前が書いた小説、なんかの賞に応募してみたのか?」
「ジュブナイルなんとかってやつに送ってみたわ。来年にはあたしの小説が世に出回ることになるかもね」
どこからくるのか自信ありげに俺を見下ろす。
よくわからないがスプラッター小説とジュブナイル小説は正反対に位置するものなんじゃないだろうか。

「でも姉さん、今さら言っても仕方がないんじゃないの」
「だからあたしは授業中に考えてたのよ。良太のせいで地に落ちた文芸部の評判をうなぎのぼりに回復する方法をねっ」
今の文芸部の評判が悪いのはおそらくお前のせいだがな。

「みんな、来週マラソン大会があるのはもちろん知ってるわよね」
「ああ。ここんとこ体育の授業はずっとマラソンの練習だからな」
「僕たちのクラスもそうですよ」
「うちマラソン苦手やから体育の授業が憂鬱やねん」
テーブルにつんのめるようにうなだれる土屋さん。

うちの高校では毎年一回秋にマラソン大会が開かれる。
そこでは学年も男女も関係なくみんな一斉に八キロのコースを走る。
そのためこの時期の体育は常にマラソンの練習にあてられるのだ。

「そこであたしたちが運動部より早く一番にゴールしたらすごいと思わない?」
また無茶なことを……。

「あのなぁ、陸上部だって出るんだぞ。一番になんてなれるわけないだろ」
「陸上部が何よ。あたし体育の授業では陸上部なんかより速いわよ」
「んなバカな……」
「いえ。姉さんは確かに陸上部の人たちより速いですよ」
と流星が言う。

「マジで?」
「あたし勉強も運動もなぜか出来ちゃうのよねぇ。超能力も使えるしきっと神様に選ばれた存在なんだわ」

俺は流星を見た。
まさかお前が超能力でインチキしてるんじゃないだろうな、と。
だが流星はさくらに気付かれないように首を横にぶるぶる振る。顔の肉が揺れている。
流星を信じるならインチキはしていないってことか。

「だったらお前ひとりで頑張れよ。自慢じゃないが俺は勉強も運動もからきしなんだ」
土屋さんも高橋も流星もマラソンが得意そうには見えないしな。

「大丈夫よ。そんなこともあろうかと秘策は用意しているわっ」
ホワイトボードの前で仁王立ちするさくら。

「秘策ってなんだよ?」
超能力なんて言い出すなよ。

「それは明日教えるわ。ってことであたしは今日はもう帰るから。お先にー」
俺たちの頭の上にクエスチョンマークだけ残してさくらは部室を出ていってしまった。

「おい、流星。どうなってるんだ?」
「すみません、僕にもわかりません」
苦笑いの流星。

まったく……こういう時こそ超能力でさくらの心を読めよな。