ソフトクリームを食べ終えた俺は水族館へと戻った。
いろいろなところを一人でゆっくり見て回っていると高橋の姿が目に入ってきた。

……あいつ、まだくらげのところにいるぞ。

高橋はくらげと交信でもしているかのように直立不動でじっとくらげをみつめていた。

「おい、高橋。お前ずっとここにいたのか?」
「……うん」
俺の声に振り向きもしない。

「飽きないのか?」
「……飽きない」
「疲れないか?」
「……疲れない」
「そうか。お前がいいならいいんだけどさ」
もはや水族館のオブジェと化している高橋をよそに俺は近くにあった椅子に腰を下ろした。

「ふぅ」

三人分の荷物を持ってだいぶ歩いたからさすがに疲れた。
日頃の運動不足を身をもって感じる。

もし運動部に入っていたら俺は一日で悲鳴を上げていたかもしれないな。
などと考えながらくらげの水槽の前で微動だにしない高橋をぼんやり眺めていると、

ピピピピ……。

スマホにセットしておいたアラームが鳴った。
俺はアラームを止めると時間を確認した。
時刻は午後六時。土産物売り場に集合する時間だ。

俺は再度荷物を持って、
「おい、高橋。もう六時だから土産物売り場に行くぞ」
高橋に声をかける。

「……あと少し」
「もう充分見ただろ」
「……あと少し」
「遅れるとさくらの奴がきっとうるさいぞ」
「……あと少しだけ」
そう言って高橋が振り向き俺を見上げた。眼鏡の奥のまっすぐな瞳が俺をみつめる。

……まったく。
「あと少しだけだぞ」
「……うん」

こんなに自己主張する高橋も珍しい。
俺はもう少しだけ高橋に付き合うことにした。

そして結局土産物売り場に俺と高橋が着いたのは約束の時間より二十分遅れてからだった。

「おっそいわよっ!」
案の定大声を張り上げるさくら。周りの目などお構いなしだ。

「悪い。遅れた」
「あんたたち時間の概念失くしたわけっ。それとも二人して時計の見方がわからなくなったのかしらっ」
店先で説教される。

「……ごめん、さくら」
「あんたたちが来ないからみどりたちはとっくにお土産屋さんに入ってるわよっ」
「そういうお前は、もしかして待っててくれたのか?」
「当たり前でしょ!」
と腰に手を置き怒鳴る。

当たり前なのか……?
こいつの考えていることはよくわからない。

「さっさと店に入るわよっ」
「お、おう」
「……うん」
RPGのパーティーのごとくさくらの後ろに俺と高橋が歩いて続く。

「結構人がいるな~」
店の中は客で混雑していた。

「あんたたちがのろのろしてるからよっ」
「すまん」
「……ごめん」
それを言われてしまうと返す言葉がない。
今回ばかりは悪いのは俺たちの方だからな。

その時、
「真柴くんも美帆ちゃんも来たんやね~」
賑やかな店内のどこかから土屋さんの声が聞こえた気がした。
俺は首を動かし声の出どころを探す。

「こっちやこっち~」
人混みの中から小さな手が見え隠れする。
そしてその横には高木さんと流星の姿があった。こっちを見て手を振っている。

さくらは先頭切って人混みをかきわけながら近付いていく。
俺たちもあとを追った。

そばまで来てわかったのだが三人はレジに連なる行列に並んでいるところだった。

「真柴先輩、遅かったですね」
額に汗をかきながら流星が声をかけてくる。
「ああ、悪かったな」

「もしかしてくらげを見ていたの?」
と高木さんが高橋に訊いている。
「……うん」

「あんな~、うちな~これ買うことにしたんや~」
土屋さんは後ろに隠し持っていた物を「じゃ~ん」と前に出した。

「うわ、でっかいですね」
「そやろ」
土屋さんが持っていたのはかなりデフォルメされた丸々と大きなペンギンのぬいぐるみだった。

「これふかふかしててええ気持ちやねん」
そう言って自分より大きいサイズのペンギンのぬいぐるみをむぎゅっと抱きしめる。
持って帰るのが大変そうだ。

「ほらあたしたちもお土産選ぶわよっ。早くしないと全部なくなっちゃうわっ」
全部なくなることはないと思うが早く選ぶのには賛成だ。
俺たちはレジの行列に並ぶ三人と別れそれぞれ欲しいものを探すことにした。

俺は適当にヒトデのキーホルダーを手に取ると列に並んだ。

「あんたそんなんでいいの?」
さくらも俺のすぐ後ろに並んでくる。
「それじゃあただの星型のキーホルダーじゃない」
「お前こそ星のぬいぐるみだろうが」
さくらは大きなヒトデのぬいぐるみを持っていた。

「仕方ないじゃない、ぬいぐるみはもうこれしかなかったのよ。もとはと言えばあんたのせいなんだからねっ」
「わかってるよ」
ヒトデの商品は人気がないのだろうか、かなり売れ残っていた。

会計を済ませ店を出ると店の前で土屋さんたちが待っていてくれていた。
「みんな欲しいもん買うた~?」
丸々太ったペンギンのぬいぐるみを抱きかかえながら土屋さんが飛び跳ねる。

「まあ、そうですね」
「あたしはそうでもないけどね」
ヒトデのぬいぐるみを片手で持ちながら憮然としているさくら。
多少後ろめたい。

そして高橋はというと、
「あれ? 美帆ちゃん何も買うへんかったん?」
「……」
こくんと首を縦に振る。

「くらげの何か買わなかったの?」
「……くらげ売り切れてた」
高木さんの問いにぼそっと答える高橋。

「そうか~、こんなに混んでる思えへんかったもんな~」
「一番にお土産屋さんに来るべきでしたね」
「何よ、流星。あたしのプランに問題があったみたいな言い方じゃない」
「あ、そんなことはないよ姉さん。姉さんのプランは最高だったよ、うん」
流星も姉のご機嫌取り、大変だな。

「寒くなってきたしそろそろ帰りましょ」
さくらの言葉でみんなが駅に向かって歩き出した。
一番後ろから俺もついていく。

……ん?

俺はなんとはなしにポケットに手を突っ込んで何やら柔らかい感触の物に触れた。
そこではたと思い出した。

「なあ、高橋」
俺はさくらには聞こえないように小声で呼びかける。

「……何?」
「これお前にやるよ」
俺はポケットにそっと忍ばせていたくらげのぬいぐるみを手に取ると高橋に差し出した。

「……これ、どうしたの?」
「えーっと……」
母さんにプレゼントするために買っておいたってのは言いづらいな。

「お前がくらげが好きそうだから事前に買っておいたんだよ」
「……っ」
「ほら、とっとけ」
高橋の手に握らせた。

「……いいの?」
「ああ」

すると高橋は大事そうに両手でくらげのぬいぐるみを包み込むと、
「……ありがとう」
と俺を見て破顔した。

「おっ。おう」

……高橋の笑顔を見たのはそれが初めてだった。

母さんには代わりにヒトデのキーホルダーをやればいいよな。