電車を乗り継ぎ、最寄り駅から歩いて五分。
俺たちはようやく西部水族館に到着した。

「時間ぴったりだね、姉さん」
「当然でしょ。あたしの計算に狂いはないわっ」
十時からの開園ぴったりに西部水族館の入り口のゲートをくぐる。

入り口でもらったパンフレットを確認するさくら。
「えーと……イルカショーはまだみたいね。じゃあ先に美帆が見たがってたくらげを見にいきましょ」
「……うん」

くらげのいる場所へ向かう途中、
「荷物重くない? やっぱり自分で持つよ」
気を遣ってくれる高木さんだが、
「いいのよ、お昼ご飯をあたしたちが作る代わりに良太たちが荷物持ちをするって約束なんだから」
さくらはそれを一蹴する。

「お弁当作るために早起きしたんだからその分男どもには頑張ってもらわないと割に合わないわ」
「ごめんな、二人とも。その代わりお昼は期待しとってな」
「……わたしも頑張った」
絆創膏を指に巻いた手を広げて見せてくる高橋。
これからくらげが見れるせいかいつもよりちょっとだけテンションが高い気がする。

「どうしよう……私聞いてなかったからお弁当自分の分しか持ってきてないけど……」
テンパる高木さん。

「ああ、悪い。俺の連絡ミスだから気にしなくていいよ。みんなで食べよう」
「そやで~。みんなで仲良く分け合って食べたらええわ」
「は、はい、ありがとうございます」
高木さんもすっかり文芸部に馴染んでいるようだ。

水族館に入るとくらげがいるコーナーに向かって歩いた。

実はみんなには黙っていたが俺は水族館が大好きだ。
特に水族館の薄暗い照明がなんとも言えない。
だから内心わくわくしていたのだ。高橋以上に水族館に来れて嬉しいのは俺かもしれない。

広い水槽を多種多様な魚が自由に泳ぎまわる姿を見るのは開放的で気分がいいし、チンアナゴなどの変わった生物を見るのもまた楽しい。
俺は次々に目に入ってくる海洋生物に目移りしながらみんなの後をついて回った。

そして高橋のお目当てのくらげゾーンに着いた。

「可愛いね、高橋さん」
「……癒される」
高木さんと高橋は水槽ギリギリまで近寄ってぷかぷかと水中を漂うくらげたちを眺めている。

「おい、水槽に触るなよ」
「……わかってる」
俺の声に振り返ることもせず言葉だけ返す高橋。

しばらくしてくらげに飽きたのか、
「あっ、あっちにペンギンがいるじゃないっ」
「ほんまや、うちもペンギン見る~」
さくらと土屋さんはペンギンのいる方へ走り出した。

「あっちょっと、二人とも走っちゃ駄目ですよっ」
流星の声が館内に響く。

「まったく土屋さんまではしゃいでるんだからな」
「みなさん水族館が好きなんですね」
「お前は好きじゃないのか? 水族館」
「好きじゃないことはないですけど正直魚を見て何がそんなに楽しいのかよくわかりません」
と流星が言う。冷めた奴だな。

「あのお二人はくらげのところから動きそうにありませんし僕たちも先に進みますか?」
「そうするか」
俺と流星はさくらたちの後を追うようにしてペンギンのコーナーへ足を向けた。


ペンギンのコーナーには沢山の子どもたちや親子連れがペンギンを食い入るようにみつめていた。
そこに混じってさくらと土屋さんもペンギンを見ている。
「良太見なさいよペンギンよ。南極の生き物がこんなところで見られるなんて奇跡だわっ」
「そういうもんだろ水族館は」
奇跡でもなんでもない。

「これで入場料分の元は取ったようなもんね」
「現実に引き戻すようなこと言うなよな」
俺は今、非現実的な空間に浸っているのだから。

「ペンギン可愛ええなぁ。持って帰りたいくらいや~」
柵に手をつき身を乗り出すように眺める土屋さん。
「土屋さん、気を付けてくださいね」
「うん。大丈夫や」
土屋さんは背が低いのに重心は上の方にあるので柵の向こうに落ちないかはらはらする。

するとペンギンの柵の中に入っていた飼育員の女性が、
「誰かペンギンさんにえさをあげてみたい人はいますか~?」
と募る。

子どもたちが「はーい!」と手をあげる中、横を見るとさくらも一緒になって「はーい!」と手をあげていた。

「おい、子どもたちに言ったんだと思うぞ」
俺はさくらの腕を肘で小突く。

「何よ、そんなことあのお姉さんは一言も言ってなかったわよ」
「空気を読め。周りは子どもばかりだろうが」
「空気なんて読んでるから日本人はなめられるのよっ……飼育員さん、はーい! はーい! こっちよこっち!」
さぞかし飼育員さんも驚いたことだろう。
小さい子どもたちに混じって上下革でかためた、のっぽの黒ずくめの女が大声上げて自分に手を振っていたのだから。

強引なやり方でペンギンにえさをやる権利をゲットしたさくらはペンギンのいる柵の中へと入っていく。

「さくらちゃん、ええな~」
さくらを羨ましそうにみつめる土屋さん。
土屋さんならあそこの子どもたちに混ざってもあまり違和感はなかったかもしれない。

「さあ、ではお魚を頭の方からあげてください」
飼育員さんの合図で一人一人ペンギンにえさをやっていく子どもたち。
そして一番最後にさくらの番が来た。

「良太見てなさい。あたしがペンギンを操ってみせるから」
頼むから名前を呼ぶな。俺を見るな。
周りの子どもたちや親子連れが俺に注目してしまうだろ。
俺は目立ちたくないんだから……ん?

操る?

俺が疑問に思ったのと同時にさっきまで好き勝手動いていたペンギンたちがさくらの前にきれいに整列した。

「ほら、良太すごいでしょ。ご褒美に魚をあげるわ」
さくらの前にいたペンギンにえさをやる。
そして、
「じゃあ今度はみんなして水中に飛び込みなさい!」
さくらが手を振り上げるとペンギンたちはものの見事に順番に水中に飛び込んでいく。

「わぁー、すごい!」
「お姉さんすげー」
「ペンギンさんかしこ~い」
子どもたちから声が飛ぶ。

「いぇーい、ありがとうー」
みんなに手を振るさくら。
いいから早く戻って来い。飼育員さんが唖然としているだろ。