水族館に向かう電車の中で高木さんは積極的に高橋に話しかけていた。

「高橋さんは水族館が好きなの?」
「……好き」
「水族館のどこが好きなの?」
「……くらげ」
「へ~、くらげが好きなんだ。私も好きだよくらげ、癒されるよね」
「……うん」
おい高橋、もうちょっと気の利いたセリフを返してやれよ。
オウムだってもう少し喋るぞ。

だが高木さんもめげない。笑顔で、
「今日制服で来たんだね、どうして? 学校の制服好きなの?」
「……好き」
「今度一緒にお洋服買いに行かない?」
「……いい」
「それってどっちのいい?」
「……どっちでもいい」
「じゃあ来週の日曜日出かけようよ。これ私の電話番号だから」
「……うん」
意外と押しが強い高木さんはちゃっかり高橋と買い物に行く約束をとりつけていた。

その様子をなんとも言えない顔でみつめるさくら。

「高木先輩は気に入らないけど高橋先輩に友達が出来ることは喜ばないと、って考えている顔ですね」
隣に座る流星が耳打ちしてくる。

俺は小声で、
「お前、さくらの心を読んだのか?」
「いえ、姉弟なのでそれくらいはなんとなくわかりますよ」
「そうか」
さくらが高木さんを嫌っている理由はよくわからないが高橋のことは大事に思っているらしいな。

「あっ海や~」
土屋さんは窓の外を指差し子どものように足をばたばたさせる。
「真柴くん見て、海やで~」
「そうですね」
「きれいやな~」
確かに土屋さんの言う通り太陽光が波に反射してきらきら海が輝いて見える。
でもそんなことより対面に座る土屋さんは短いスカートをはいているのでそんなに足をばたつかせると目のやりどころに困る。

耐えきれず目線を斜め前にそらすとさくらと目が合ってしまった。
「何よ」
「いや別になんでもないが」
目が合ったくらいでそんな喧嘩腰にならなくてもいいだろうに。

「流星、あとどれくらいで着くの?」
「乗り換えがあるからあと二時間ちょっとじゃないかな」
「遠いわねぇ」
さくらは退屈そうに言う。
俺には高橋に対してデリカシーがないとかほざいていたくせに自分でも似たようなこと言っているじゃないか。

「せやったらトランプでもせえへん? うちこんなこともあろうかといろいろ持ってきたんや」
土屋さんはこじゃれたバッグをあさってトランプを取り出した。
「みどり、気が利くじゃないの」

「美帆ちゃんもこずえちゃんも一緒にやろうや~」
隣のボックスシートに座る高橋と高木さんにも声をかける土屋さん。

「……」
「はい、ありがとうございます」
無言でうなずく高橋と律義に礼を言う高木さん。

トランプをシャッフルしながら、
「何がええかな~?」
俺に訊いてくる。

「大貧民がいいわ。良太を大貧民地獄におとしいれてやるんだからっ」
訊かれてもいないのに答えるさくら。

「さくらちゃん、大貧民は六人やとちょっと多ない?」
「そう? だったら七並べでもいいわよ。あたし八と六をせき止めるの大好きなの」
「お前なぁ、トランプを並べるスペースがどこにあるんだよ……土屋さん、ババ抜きとかどうですか? 六人でもできますし台がなくてもできるんで」
「せやな。ほんなら配るで」
土屋さんは一人一人にトランプを配っていく。

「いいわ、ババ抜きでもあたしが圧勝してやるから。覚悟しなさい!」

その後、宣言通り早々と一抜けするさくら。そしてそれに続き高橋もあがる。

「ほら見なさい、これがあたしの実力よっ」
「ババ抜きなんて百パーセント運だろ」
もしくは流星が超能力を使ってさくらを勝たせてやったか。

俺は横に座る流星を見るが、
「なんですか?」
と素知らぬ顔で返される。
「いや別に……」

その後もさくらの快進撃は続き、十回連続一抜けを果たした。
ちなみに俺は十回連続びりだった。
一回、二回ならともかく十回連続はあり得ない。流星の奴確実にやってるな。

「おい、俺に恨みでもあるのか?」
流星にささやく。

「すみません。姉さんの、ひいては文芸部のためなんです。姉さんが勝って真柴先輩が負けると姉さんは機嫌がいいのでつい……」
「だからってなぁ――」
「何こそこそ話してるのよっ。悪だくみしようたってそうはいかないんだからねっ」
さくらが詰め寄ってくる。
悪だくみならとっくにお前の弟がやってるよ。

「そうだいいこと思いついたわっ。次は何か賭けてやりましょうよ」
さくらが声を上げた。お前は何も思いつくな。

「ほんならジュース賭けてやろか~」
「大丈夫ですか? 賭博罪にひっかかりませんか?」
流星が心配そうに言う。

「何堅苦しいこと言ってるのよ、流星。そんなんだから彼女が出来ないのよ」
「姉さんだって彼氏いたことないじゃないか」
「そ、そんなのあんたには関係ないでしょ、黙ってなさいっ」
顔を紅潮させるさくら。

そんなさくらとまたも目が合う。すると、
「あたしは彼氏が出来ないんじゃなくて作らないだけなのよ、流星や良太たちとは全然違うんだからねっ」
俺は変なとばっちりをくらった。
さらに言うまでもないが勝負には俺が負けて結果みんなにジュースをおごる羽目になった。
恨むぞ流星。