リビングに戻ったさくらは原稿用紙と向き合い、
「う~ん……」
一人にらめっこをする。

俺たちはそんなさくらの邪魔をしないように静かにそばで見守っていた。
しばらくして「ねぇ良太これ一回読んでみて」とか「ここどう思う?」など俺に意見を求めてきた。
昨日はこれが電話で夜中まで続いたのだから寝不足になるのも当然だ。

三十分、一時間と時が過ぎ俺がうとうとしかけていると、
「そういえば部費って今誰が持っとるん?」
ふいに土屋さんが口を開いた。

「……わたしじゃない」
高橋が言う。

「俺も違うぞ」
「僕もです」
すると自然と俺たちの目線はさくらに向く。

小説の執筆に没頭していたさくらがそれに気付き、
「……ん? なんなのみんな、揃ってあたしを見て」
「いやな~、部費ってどうしたんやったっけ……」
「そんなの部費もらってくる係の良太が持ってるに決まってるでしょ」
さくらの言葉にそこにいた全員の視線が今度は俺に集まる。

「いや、ちょっと待ってくれ。俺は持ってないぞ……っていうか部費を受け取ったのは流星、お前だったよな」
「あれ、そうでしたっけ?」
と素知らぬ顔をする流星。

「お前教頭先生から渡されただろ」
「あ~そういえばそうでしたね。すみません」
しっかりしてくれよ。

「あれ? でも僕その後に姉さんに渡したはずだけど……」
「えっ嘘、あたし全然覚えてないわよ」
「いや、確かに渡したよ」
「それ本当にあたしだった?」
姉弟どちらも譲らない。

そんな時、
「あっ、せやったら超能力で探したらええんとちゃう?」
土屋さんがいいこと思いついたとばかりに提案する。
すると文庫本に目を落としていた高橋がこれに反応した。
おもむろに顔を上げて言う。
「……超能力を使うことは推奨しない」

二人の意見が割れる中さくらは俺を視界にとらえる。
「超能力ね~……良太はどうしたらいいと思う?」
なぜ俺に訊く。

そもそも超能力者でもなんでもないさくらは置いておいて俺は流星を盗み見た。
流星は俺と目が合うなりにこりと微笑む。
どういう意味だそれは?

その時、
『真柴先輩聞こえますか? 僕です、流星です』
頭の中に流星の声が響いた。
なんだこれ!?

『念話です。テレパシーで僕と会話が出来ます。ちなみにこの声が聞こえているのは真柴先輩だけなので反応はしないでください』
なんだよそれ、マジでなんでもありじゃないかこいつ。
ていうか俺の心を読むなって言ったよな、おい。

『すみません。今だけ許してください』
謝ってくるが流星は笑顔のままだ。

「ちょっと、良太。無視するんじゃないわよ」
「ん、ああ、すまん」
『真柴先輩、気を付けてくださいね』
わかってるって。
二元中継みたいで頭がこんがらがる。
流星の声に反応して思わず喋ってしまいそうだ。

「それであんたはどう思うわけ? 超能力使った方がいい? 使わない方がいい?」
さくらは身を乗り出して訊いてくる。

『使った方がいいと答えてください。あとは僕がなんとかしますから』
わかったよ。

「部費を探すためなら使ってもいいんじゃないか」
「そう? あんたがそう言うならやってみようかしら」
そう言うとさくらは目を閉じ手を合わせ天に祈るようなポーズをとった。
どうする気だ?

「文芸部の部費は今どこにあるの? 答えてちょうだいっ!」
宙に向かって叫ぶ。
近所迷惑な奴。

「それでわかるのか?」
「しっ、黙ってて」
さくらはぴしゃりと俺を制した。

その間に流星はテーブルの上に置いてあった原稿用紙を一枚手に取りそっと自分の額に当てる。
この前俺に見せてくれた念写をしているようだ。
大丈夫か? なんか高橋が不思議そうにお前を見ているぞ。

『高橋先輩の注意を僕からそらしてください』
なんだそりゃ。
なんでも俺に課すなよな。

「なあ、高橋」
「……何?」
眼鏡の奥で透き通った瞳が俺の目を覗いてくる。

「お前ってクラスで浮いているって聞いたんだけど本当か?」
あ、まずい。何か話しかけないとと焦っていたら直球の質問をしてしまった。
「……わからない」
すまん、高橋。
何か違う話をしなくては。

「こ、今度一緒に映画でも行くか?」
「……行かない」
「そ、そうだよな」
俺は何を言っているんだ。

すると高橋は、
「……水族館がいい」
「へ?」
「……水族館がいい」
「水族館に行きたいのか?」
「……うん」
俺を凝視する。

とそこへ、
『もういいですよ。あとは僕が姉さんにテレパシーで部費のありかを伝えるだけです』
流星の念写が終わったようだ。

おい、テレパシーを送るってお前の声でか?
さすがにバレるだろ。
『大丈夫ですよ。これまでに何回もやっていますから。まあ見ていてください』

流星の言葉通り黙って様子を見ていると、
「来たわっ!」
突然さくらが叫んだ。

「部費は文芸部の部室の棚の上よっ」
「わ~、ほんまにさくらちゃんすごいな~」
土屋さんがぱちぱちと手を叩く。

「どうよ良太、あたしの超能力は?」
ドヤ顔で俺を見やるがまだみつかったわけではないぞ。
とはいっても流星が超能力で探し当てたのだろうからまず間違いなくそこにあるのだろうけどな。
……しかし弟の声に気付かないなんてさくらもどうかしてるな。

「ってことで部費は明日学校で手に入れればいいわ。それよりもうすぐ八時よ、さっさと小説の続きを書くから今度こそ集中させてよねっ」

そこからさくらは一心不乱に小説を書き続けた。
俺の意見を度々訊きはするのだが参考にしているのかしていないのか小説の内容はどんどん過激になっていく。

そして約二時間後、新聞部の校内新聞に載せる小説が書き上がった。