とある貴族の少年が七つを迎えたばかりの誕生日だった。その日は彼が少年部の剣術の試合で優勝を決めた日でもあった。
 屋敷ではシュルツ家の跡取りの誕生と成長を祝うべく、ささやかながらパーティーが開かれていた──はずだった。
 しかし、少年の紅い瞳の目の前では、惨劇が繰り広げられていた。少年を祝う為のパーティーは、突如として現れた野盗達のせいで、血生臭い惨禍へと変貌していたのだ。
 銀髪のその少年は、ローランド帝国内では有力貴族シュルツ家の跡取り息子だ。シュルツ家は、ローランド帝国内で有力貴族とされており、彼の父君・ディナルド卿は次期宰相とまで言われる程の人物でもあった。少年の父は国内では最強と言われるほどの剣豪で、少年はそんな父に憧れて幼い頃から剣術の練習に明け暮れていた。
 しかし、そんな父君は野盗の襲撃であっけなく殺されてしまった。剣を構える暇もなく、真っ先に襲われてしまったのだから、それも仕方のない事だった。そのまま乱戦となって、屋敷の守衛達も瞬く間に殺されてしまった。
 それから、彼が育った幸せな屋敷は、地獄絵図と化していた。
 少年を優しく育ててくれた美しい母君は、野盗達に目の前で犯され、彼の世話をしてくれていた侍女達も同じく目の前で犯されていた。
 少年は部屋の片隅で何もできず、ただ震えてその惨劇を見ている事しかできなかった。
 誰よりも強かった父が血まみれで倒れており、動かなくなった。母が泣き叫んで、息子の命だけはと懇願しながら犯され続けていた。七歳になったばかりの少年には、目の前で何が起きているのかすらわからなかったのだ。
 そして、程なくして彼の母に欲望をぶちまけた野盗は、その母をも一突きで簡単に殺してしまった。

「さて、ディナルド卿と後は血縁のこのガキを殺せば良いんだったな?」
「ああ、マフバル様からはシュルツ家の血を根絶しろと言われてるからな」

 野盗達がそんな会話をしながら剣についた血を振り払っている。
 もうこの屋敷の生存者は、少年を除いて誰もいなくなってしまっていた。散々女達で遊び尽くした男達は、最後の仕事を終えるべく、震える少年の前に立った。

「マフ……バル……?」

 少年はその名を呟く。彼はその名に聞き覚えがあったのだ。
 マフバルとは、マフバル=ホフマンだ。彼の父と同じく、次期宰相候補の有力貴族だった。父と彼との関係はよく知らないが、犬猿の仲だったという事くらいは幼いながらに知っていた。

「マフバルの命令で……お前達はこんな酷い仕打ちをしたというの⁉」

 少年は野盗達に向かって叫んだ。
 その野盗達の後ろには、ガラス玉の様な光のない目をして倒れている彼の家族や召使い達がいた。彼の母や、メイド達は目からは涙を、そして股からは男達の体液を垂れ流しながら、苦しそうな死に顔を見せている。少年は怒りと悲しみに打ち震えるしかなかった。
 たったほんの少しの時間で、少年が暮らしていた幸せな家庭は消えてなくなってしまったのだ。

「ああ、そうさ。政敵として、お前の父君は邪魔だったんだとさ」
「なに、寂しがる事はない。お前だって、すぐにパパとママの傍にいける。ミルファリア神が楽園へと導いて下さるはずさ」

 男達が嘲笑うかの様に口々に言った。
 政敵や政治など、七つの少年に理解できるはずがない。しかし、この惨劇は偶然起きたものではなく、誰か──マフバル=ホフマン──に仕組まれたものというものだけは幼い少年にもわかった。
 彼らは野盗ではなく、政敵が放った刺客だったのである。

「ゆる……さない……」

 少年は声を震わせながら呟いた。

「あ? 何だって?」
「まさか、お前が俺達を許さないってのか?」
「ぎゃはは! ()()()()()()()()は結構気持ちよかったぜ! お前のお袋も最後は気持ち良さそうに喘いでたじゃねえか! 幸せな死に方だぜ⁉」

 男達は顔を見合わせて、下品な笑い声を上げた。
 その言葉に、少年の中で何かが()()()と同時に、体が熱くなってきたのを感じた。
 今ならこいつらを殺せる──その瞬間に、少年は何故か確信を持ってそう思えた。

「お前達は……絶対に許さない」

 少年は呟きながら手のひらを目の前の男に向け、そのまま殺意を込めた。
 すると──

「ぎゃあああ!」

 目の前の男がいきなり火だるまになり、悲鳴を上げた。
 しかも、ただの火だるまではない。黒炎だ。黒い炎が少年の手から放たれ、瞬く間に男の一人を覆い尽くしたのだ。

「な……ま、魔法だと⁉」
「いや、でも()()()の魔法なんて聞いた事が……何者だ、てめ──」

 男達が警戒して剣を構えるが、もう遅かった。
 少年が大きな叫び声を上げると、屋敷ごと吹き飛ばす様な爆炎が巻き起こったのである。少年はただ怒りのままに叫んだ。そして、襲来した者達を全員真っ黒に焦がしていった。
 その炎は次第に屋敷へと燃え移り、彼が暮らした幸せな屋敷を憎しみの炎で包んだ。
 少年の心にはただ復讐心と黒き炎だけが残っていた。

       *

 有力貴族のシュルツ家は、この晩、こうして何者かの襲撃を受けて、その襲撃者と共に滅んだとされる。
 少年は燃え盛る屋敷の前で倒れているところを、爆発によって異変を察して駆け付けた父君の友人・バーナード=バーンシュタインによって発見・保護された。
 バーナード=バーンシュタインは、ローランド帝国内に小さな領地を持つ下級貴族だ。バーンシュタイン家はシュルツ家と昔から親交があり、バーナード自身も少年の父君と仲が良かった事から、そのまま少年を養子にして、彼を育てる事を決意した。
 何者かの策略によってシュルツ家が滅ぼされたのは、バーナードの目にも明らかだった。バーナードは少年が再びその者に狙われない様に、彼に新たな名を与えた。
 少年が新しく与えられた名は、ジュノーン。後に〝黒き炎使い〟として、英雄になる男である。
 そして、少年がバーンシュタイン家に引き取られてから十三年後──少年が二十歳になった頃に、彼の復讐はとある少女との出会いで、再び動き出すのだった。