「ここなら落ち着けるね」

 リルアは活動拠点として借りていた宿舎に戻ってきていた。

「ありがとう……それとごめんなさい。理由も話さずに」
「いいんだよ。ほら、紅茶を淹れたから良かったら飲んで。マナ草を蒸して茶葉にしたんだ。心を落ち着かせる効果があるから」

 そう言ってリルアは女性にティーカップを差し出す。

「ありがとう……ん、美味しい」

 一口つけると、女性の顔が火照って明るくなる。

「自己紹介がまだだったね。僕はリルア。この街で冒険者を……やっていた」

 リルアの微妙な間に、女性は不思議そうに首を傾ける。

 しかしリルアは「気にしないで」と首を軽く振る。

「君は?」
「えっと、私の名前は、シャーロット。この街の近くにある、獣人の村に住んでいたの」

「獣人の村……」

 リルアはアゴに手を当てて考える。

「獣人たちは人間の街に来る事はほとんどないはずだ。だって……」
「そう、この国の歴史は、獣人差別の歴史でもあるから」

 シャーロットは俯きがちに答える。

「一昔前までは、獣人は人間の奴隷として当たり前のように売買されていた。
 でも今の国王になってから法律が変わって、獣人を奴隷にすることは禁止になったのは、リルアは知ってるよね」

「うん、今の国王は人格者として有名だからね」

 リルアはゆっくり頷く。

「獣人は奴隷から解放された……はずだった」

 しかし、未だに貴族や商人の間では、闇に隠れて違法な獣人取引が続いてる。
 それはこの国では暗黙の了解だった。

「表面上は奴隷禁止になったけど、人間の欲望はその程度では抑えきれない。それに、一般市民の間でも、獣人差別の意識はまだ根強いしね」

 リルアは深いため息をつく。

 この国に根付く獣人差別を、平和主義者のリルアは心底嫌っていた。

 シャーロットは意を決したように、口を開いた。

「ーー私の村が、人間たちに襲われたの」

 リルアはそのセリフに衝撃を受ける。

「そんな、明確な犯罪行為じゃないか……警備隊はどうしてるんだ? それこそ、王国騎士団が対応してもおかしくないレベルだろうに」

 警備隊は、国内の軽微な犯罪に対応する自治組織だ。
 規模の大きい犯罪になると、国王直属の王国騎士団が担当する。

「それがーー誰も助けに来なかったの。もちろん皆んなで抵抗をしたけど、人間の数がとにかく多くて……かなり武装もしていたわ」

 リルアは息を呑む。
 もしそれが本当なら、かなり組織的な手口だ。

「さっき、シャーロットを追いかけていた連中も、身につけていた武器からして素人じゃなかったように思う」

 シャーロットは体を震わせながら、俯く。
 その目には涙が浮かんでいた。

「私はなんとか逃げ出して、街に助けを求めに来たけど、追手に捕まっちゃって……本当にありがとう、リルアのおかげ」

「いや、当然のことをしたまでだよ」

 でも、とシャーロットは言葉を繋げた。

「私の家族や友人は、まだ捕まってるの……」

 不安げな、か細い声。
 まだ幼さの残る、少女と言っても過言ではないシャーロット。
 突然故郷が襲われて、相当な恐怖だったはずだ。

 リルアはシャーロットの手を取って、優しい微笑みを浮かべた。

「大丈夫、僕はシャーロットの味方だ。僕が必ず君の仲間を助けてあげる」
「本当に? でも、なんで見ず知らずの私に……」

 リルアはシャーロットの恐怖が浮かぶ瞳を、しっかりと見つめた。

「昔の話だけどね。僕の故郷も、争いに巻き込まれて滅んでしまった。だから、故郷が酷い目に遭う辛い気持ちは、すごく分かるんだ」

 そう、リルアは孤児だった。

 幼くして一人きりになったリルアは、魔法や冒険のスキルを独学で身につけた。
 生きるか死ぬかの世界をくぐり抜けて、なんとか今日まで生き抜いてきたのだ。

 リルアはシャーロットの手を強く握る。
 その手は温かく、確かに血が通っていた。

「さあ、救出劇を始めよう」