「さ〜て、帰りますか!」
「帰りますか!」

 帰りも二人乗りで帰る。当然なのだが、あんな事が会った手前少し照れる。

「あ、ここでも結構星綺麗だよ!」
 杉川さんはもう平気みたいだ。気持ち的に助かる。けど、なんだかなぁ。
「あ〜楽しかった! ホントにありがとね!」
「俺も楽しかった! ありがとう!」
「椎名君てさ、私が謝ると謝って、お礼を言うとお礼を返すよね?」
「あれ? そうかな?」
「そうだよ! 似た者同士?」
「ちょっと違くない?」
「そっか! ねぇねぇ! 星綺麗だよ!」

「……見ないの?」
「いや、空見上げて運転は安定しないからさ」
「大丈夫だって! ほら!」
「そうかな? お? お〜っと!」
「アハハ! ホントにフラフラだ!」
「だから言ったじゃん!」
「でもちょっと楽しいよ! ねぇ覚えてる? 屋上でした話」
「転校の事?」
「ちがうちがう! 星を見るシチュエーションの話!」
「そっちか! 覚えてるよ! 一緒に見る人が大事で星はあんま関係ないってやつでしょ?」
「そうそれ! あれね。間違いかも」
「なんで急に?」
「今日の星空以上が想像着かなくてさ。だってあんなに感動する事ってないよ! やっぱり星って大事!」
「変わり身早いなー!」
「仕方ないよ! それくらいの星空だったんだから!」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
「ふふ! でもさ今も星綺麗だよ」
「でもあれには敵わないでしょ?」
「うーん。競う場所がちがうかも……」
「ん? どういう事?」
「やっぱりさっきの話は間違いじゃないかもって事!」
「変わり身早いな〜!」
「鈍いね〜! ほら、綺麗だよ!」
「ん? まぁ確かに。お!っおお!」
「アハハ! またフラフラだ! 頑張れー!」
「おうよ! 慣れだな慣れ!」
「その意気その意気! ねぇ椎名君」
「なに?」
「ありがとう」
「改まってどうしたの?」
「ううん。言いたかっただけ。あ〜寂しくなるな〜! 楽しかったな〜!」
「俺も楽しかったなー。でもまた会えるでしょ」
「変なとこクールだねぇ。君は寂しくないのかい?」
「そりゃ……寂しいけど」
「ふふ! 一緒〜!」
「なんかまた昨日みたいなテンションになってない?」
「そう? いつもこんなだよ私?」
「そうか? そうか」
「そうだよ!」
「あのさ」
「ん?」
「もしさ、向こうでなんか悲しくなったり寂しくなったりしたらさ、いつでも連絡してな」
「ん? ふふ! ありがと! 変なとこキザだね〜!」
「キザって!」
「冗談! まぁしばしのお別れだね。椎名君と出会えてホントに良かった!」
「こちらこそだよ」
「ねぇ」
「ん?」
「星綺麗だね」
「綺麗だな」
「忘れないでね」
「もちろん」
「この星空だよ?」
「もちろん」
「今まで話した事もだよ」
「もちろん」
「うん。私も忘れない……」
「あ、あ、あのさ!」
「ん? なに?」
「あー、やっぱいいや! なんでもない!」
「え〜! 何それ! なになに?」
「いや、やっぱいいや! また今度話すよ」
「ちょっと〜! あ!フラフラしだした! また星なんか見ちゃって〜!」
「見てって自分で言ってたくせに」
「そうだったね! 綺麗だね〜!」

 告白をしようと思ったのに、出来なかったのは杉川さんとの思い出がどんどん溢れてきて泣いてしまいそうだったから。
 夏の窓の開放感を初めて共感できた事。
 夜の学校での七不思議解明。そして屋上から見た風景。
 バーベキューも図書館も夏祭りも横山商店も防波堤も。
 杉川さんと話した事全てが目から溢れそうで告白どころじゃなかった。
 そして確信した事がある。

 この人を好きになって良かったな。

 そう思うと結局、涙が勝手に溢れてしまった。
 だって後ろでこんなに楽しそうに笑ってるんだぜ? それがもうすぐ終わっちゃうんだよ。寂しくなるなぁ。思い出のどれを切り取っても笑顔の杉川さん。
 ……大好きだ。
「そんなに見てたら首疲れちゃうよ〜!」
 杉川さんは今も後ろで笑っている。おかげで俺は涙が止まらない。
 これは何泣きなんだろう? 何でもいいけど杉川さんには見せられないな。
「また……また絶対来ような。約束」
 震える声で伝わっちゃったかな? と不安になったがどうしても伝えたかった。
「綺麗だなぁ。本当に。星降る夜ってこんな空の事かもな!」
「うん。本当に降ってきそうだね」
「向こうでも頑張ってな」
「うん。ありがとう」
「いつでも連絡くれよな」
「うん」
「星、綺麗だな」
「綺麗だね」
「ホントに綺麗だな」
「ホントに綺麗だね」
「杉川さん」
「ん?」
「またね」
「うん。またね」

 それ以上は何も言わなかった。
 言えなかった。
 俺はまた泣いていたから。
 杉川さんも泣いていたから。


 星が降りそうな夜に自転車を漕いで泣いていたのは、星が降りそうな夜に君が泣いていたから。


 夏は終わる。
 海岸線を走る自転車のスピードで。
 教室のカーテンを揺らす風のスピードで。
 笑い声が空に吸い込まれるスピードで。
 青の境目を自由に飛ぶウミネコのように。
 ラムネの炭酸のように。
 笑っている間に。
 泣いている間に。
 君の事を考えている間に。

 教科書の隅に書いたパラパラマンガのように過ぎ去った一夏の青春は頭の中に焼き付いていつまでも離れないだろう。
 青春が過ぎ去るスピード。それは夏が過ぎ去るスピード。
 俺はそれを追うでもなく、フラフラとゆっくり自転車を漕ぎ続ける。
 後ろに君を乗せて。
 もうすぐ君の家に着く。
 もうすぐ夏が終わる。
 風鈴の音がどこからか聞こえて来る。

 ————さようなら、また来年。