「着いたー!!」
 四人同時に声を上げてハイタッチを交わす。実際、以前の半分の時間で登り終えていた。
「んじゃ、俺達は飲み物冷やしてくるから座っててよ!」
 山根はいつも以上にテキパキしていて底知れない奴だと尊敬しそうになる。
「いやー、冷たくて気持ちいいな! やっぱまだまだ暑いな!」
 飲み物を川に浸けながら俺の顔に水をかける。
「まだ夏は終わってないんだよな」
 お返しに山根に水をかける。「冷たっ!」と山根は笑う。
「まぁ今日は川には入らないからな。よっしゃ! 日が暮れる前に食事の準備しようぜ!」
「よっしゃ! エスコートしますか!」
 山根は俺の顔を見て「わかってんじゃん」とでも言いたげな顔を見せた。


「――――ねぇ本当に何もしなくていいの?」
 森さんは何か申し訳ないなぁ。と言いながら俺達を見ている
「いいのいいの! 今日は俺と椎名に任せてよ! 二人は男子禁制トークでもしてて」
 森さんに話しながらも手は休めない山根はプロだった。
「男子禁制トーク! いいね! 聡美、川の方行こ!」 
 杉川さんは森さんを連れて川岸へ向かう。その背中を見ながら山根は呟く。
「杉川さんて本当にわかってるよな。お前、女を見る目あるね」
 山根に初めて褒められた事が「女を見る目」なのが切なかったが、杉川さんを山根に褒められるのはなんだか自分の事のように嬉しかった。
「ニヤけてないで手を動かせよ!」
 笑いながら手を動かす山根。俺は山根のようにプロにはなれない。
「よし! 準備完了!」
 俺達の本気はしっかりと手際に現れ、絶妙なチームワークで準備を終わらせた。
「おーい! 出来たから戻っておいでー! お嬢様—!」
 山根の呼びかけに笑いながら二人は戻ってくる。いい流れだ。
 戻ってきた二人に「こちらへどうぞお嬢様」と物まねすると森さんが笑った。
「ヒデじいだ!」
 覚えていてくれてよかった。
 ヒデじいヒデじいとはしゃぐ二人が可愛くて仕方なかった。七不思議の日は色んな事がありすぎて忘れられていたらどうしようと思っただけに、二倍嬉しかった。
「執事さん! まずは何を食べるんですか!」
 無邪気に笑う杉川さんが可愛すぎてアドリブに弱いヒデじいは実家に帰った。
「あ、えーとまずは飲み物を」
「もう椎名君に戻ってる!」
「ホント! もう普通でいこうよ! ラムネ取りに行こう!」
 二人があまりにも楽しそうに笑うもんだから山根も、そうだな。行くか! と猛ダッシュした。
「あ! 危ないよ!」
 と森さんが声をかけるのと同時に山根は盛大に足を滑らせ川にダイブした。
 あー! 冷てー! と叫ぶ山根を見て森さんが呆れながらも笑う。
 もちろん杉川さんも俺も笑っていた―ーーー。


「えー、それでは気を取り直して」
 一人だけずぶ濡れでラムネを持つ山根に森さんが「あんただけね」と突っ込むもんだからまたみんなが爆笑してしまい、収拾つかなくなる。山根が笑いの渦の中無理矢理「乾杯!」と空に叫ぶとみんなもそれに続き、空に「乾杯!」とラムネを差し出した。
 日も暮れ始めたので早速料理を出す。差し出された料理に女の子達は、何々? と興味深そうにお皿を見つめる。
「もしかして、ハヤシライス?」
 杉川さんの回答に森さんがハッとする。
「あのハヤシライス!?」
 目を輝かせる二人に俺と山根が同時に「正解!」と叫ぶと歓声が上がった。
「どうしたの!? どうして!?」
 騒ぐ二人にまぁまぁ落ち着いてと言いながら山根が真相を話す。
「あの時、斉藤君の話で盛り上がったからさ、作り方と材料を斉藤君に教えてもらったの。やっぱせっかくの最高の思い出を作るんなら飯にも工夫を入れなきゃなって思ってね!」
「しっかり斉藤君を想像しながら食べるとおいしさ倍増です!」
 俺のスレスレのギャグも二人のテンションのおかげで盛り上がる。
「冷めないうちに食べてよ!」
 男子陣がさぁさぁと急かすので、二人は同時に「いただきます」を言いながらハヤシライスを口に運ぶ。
「おいしい! でも何だろうなんかちょっと面白い!」
 森さんの第一声に杉川さんも笑い出す。
「ほんとに! すごくおいしくてそれが何だか面白くなってくる!」
 笑いながら食べる二人を見た俺達はハイタッチ。そして一緒に食べ始めた。
 今年の夏を振り返りながらする食事は味の良さもあってよく進んだ。女の子達もおかわりをするほど大盛況だ。
「いや〜、初めて四人集まったのは一学期お疲れ会だよね?」
 山根がずっと昔を思い出すように話す。
「そうそう! 私なんかすごい変なテンションで椎名君に絡んだよね?」
「うん。あの時は本当に恐かったよね」
 苦笑いで俺が返すと森さんは、あの時はごめんなさい! と顔の前で手を合わせた。
 杉川さんはそれを見てクスクス笑う。
「あの時はこうやって四人がこんなに仲良くなるなんて思わなかったな。七不思議も凄かったよね?」
「あ〜、あれは思い出すとゾッとするわ。あんなに全力で校庭を追いかけられるのなんてないよ」
「数学の岡本!」
 俺と杉川さんは同時に笑い出す。森さんは何でそんなに笑ってるの? と不思議な顔をしていた。山根も、何で知っているんだ? みたいな顔をしている。
「でも、私も山根君が飛び出してきた時が一番ビックリしたわ」
「聡美ちゃん聞いた事もないような声で叫んでたもんね!」
「ちょっと! それは言わない約束!」
 焦る森さんを見て意地悪そうに笑いながら杉川さんは続ける。
「そういえば、あれから二人は仲いいよね?」
「ちょっと小春まで! もう! 椎名君! 流れ変えて! 流れ!」
「森さん、一学期お疲れ会のテンションになってきてるよ」
「あー! もう!」
 八方ふさがりになって手で顔を覆う森さんを杉川さんは「ごめんごめん」と笑って抱きかかえる。山根は火を少しいじる。パチパチという音がなって火の粉が真上に飛んだ。
「そんで次はバーベキューだっけか?」
「そうそう! 私始めて魚釣った!」
「杉川さん凄かったねー! プロだったね!」
「ビギナーズラックだって! ね? 聡美も楽しかったよね!」
 杉川さんに抱かれながら小さな声で恥ずかしそうに「うん」と頷く森さんは不覚にも可愛かった。
「しっかし、よくぞ教えてくれたよなこんな絶景スポット! これは俺たち四人の秘密の場所だな」
「秘密基地!」
「基地ではない」
 山根の言葉にテンションが上がってズレた発言をする俺を杉川さんが容赦なくぶった切る。なんか前にもあったなこんなシーン。
「そんで夏祭りか。意外と少ないのな」
「あの時は本当にゴメン。変な事言っちゃって……」
 杉川さんの顔が曇って山根が焦る。焦る山根も珍しい。
「いや、あれは四人で集まる最後の予定だから仕方ない! 誰から先になんて考えれないしね。でもおかげで今日があると」
 杉川さんは「ありがと」と笑うと俺を見て「椎名君様々です」と頭を下げた。
「いやいや! そんな! お礼を言いたいのはこっちの方だよ!」
 頭を下げ合う俺と杉川さん。山根はニヤニヤ笑っている
「この光景。初めて出会った頃を思い出すねぇ」
 口笛をピューっと吹く山根の笑顔は、ある一点を見てフッと消えた。その視線の先には森さんがいる。杉川さんに抱かれて下を向く森さんの顔からは水滴が落ちていた。
「聡美ちゃん……泣いてるの?」
 恐る恐る聞く山根に返事は返ってこない。
「ごめん! からかいすぎたか? ごめんね?」
 俺の言葉には下を向きながら首を振るだけだった。
 すると杉川さんは抱える森さんの頭に額をコツンと当てて
「聡美。ごめんね。私ももっと聡美といたかったな。聡美と出会えて本当に良かった。本当だよ? 聡美大好き」
 と震える声で話して森さんを抱きよせる。
「私も、私も小春大好き……だいずぎ……」
 ギリギリ聞き取れるようなか細い声で呟くと杉川さんに抱きつき返して
「やだ〜〜!!」
 と大泣きしだした。
 すると杉川さんも泣き出す。
 「私もやだ〜〜!!」
 二人でわんわん泣き出してしまった。
 俺と山根はどうする事も出来ず、とりあえず二人きりで話せるように二人で川岸に行く事にした。
「ビックリしたな。何か喋んねーなーと思って見たら泣いてんだもん」
「うん。あの二人の絆って強いんだな」
「お前、もし俺が転校するって言ったら泣く?」
「泣かねーよ! 笑って送り出すんじゃん?」
「そうだよなぁ。確かに逆でもそうすると思うな」
「だろ?」
「でも帰って一人で泣くかも」
「え?」
「お前は? 泣かない?」
「そう言われると、う〜ん。泣くかも」
「だよなぁ」
「うん。一人になったらね」
「ああやって涙を見せ合えるってすごいよな」
「ホントに。凄い事だよね」
「お前もいつでも泣いて良いんだぞ?」
「泣かねーよ!」
「杉川さんが転校したら泣くだろ?」
「うっ」
「そん時は遠慮なくこいよ! 俺も遠慮なく笑ってやるからよ!」
「おい!」
「冗談冗談! ……そろそろ戻るか。もう落ち着いたろ」
 俺達が戻ると二人は目を腫らしながら笑っていた。
「すいません。せっかくの時間に水を差してしまい……」
 深々と頭を下げる森さんの肩をポンポンと叩いて山根は笑う。
「いいんだよ。思った事は言ってこーぜ」
「うん……ありがとう」
 森さんは顔を上げて笑い返した。
「そうそう! それに泣いてる森さんちょっと可愛かった!」
 俺の言葉に森さんはバツの悪そうな照れたような表情を浮かべる。
「ちょっとじゃねーよ!」
 何故か山根が声を荒げるので、森さんが、うるさい! と山根を叩くのだが、森さんの顔は笑顔に戻っていた。
 みんなもつられて笑った。
「さーて、日も暮れたし。火を消すから目を瞑って」
 ひとしきり笑い終わると山根はバケツを片手に立った。
「え? なんで目を瞑るの?」
 森さんは、せっかく空を見ないように準備してたのに。と納得いかないようだった。
「だからだよ。火の強い光に慣れてると見える星も見えなくなっちまう。真っ暗にした所で徐々に星が見え始めても感動が半減だろ?」
「でもちょっと目を瞑ってるの恐いかも」
 少し不安げな杉川さんにも山根は笑いかける。
「大丈夫。二人はもちろん、俺たちも側にいるから。それに会話してたら時間なんてあっという間だよ。」
 その言葉に二人とも強く頷き目を閉じた。俺も続いて目を閉じる。
「よし! 消すよ!」
 火が消える音が当たりを包んだ後、一瞬で静寂が訪れる。そして暗闇。確かにこれは恐いと思い、すかさず俺から口を開く。
「ちなみにここら辺で猛獣が出るとかは無いみたいだから安心してね」
「あ、あぁそうなの? 良かった」
 暗闇の中、森さんの声がするだけでなんかホッとした。どうやらこの不安はみんなの存在さえ確認できれば拭えるようだ。
「山根君! 話題! 話題お願い!」
 杉川さんの焦った声が聞こえる。
「よーし、じゃあまず流れの説明から。とりあえず万全を期して時間は大幅に取るつもりだけど俺も目を瞑ってるから時計見れないんだよね。だからまずは俺が目を開けて確認します。大丈夫だったら合図するから顔を上げて一斉に目を開けて空を見てね!」
「それだと、もし失敗したら山根君感動半減じゃない?」
「心配いらないよ! 杉川さんは優しいね〜! もしもの保険だから大丈夫! 99%成功よ!」
「あんたがそう言うなら良いけど。それにしても話してないと不安だし声してないと不安だしでどうしようもないね。千春いる? これ千春?」
「森さん。それ俺」
「え!? 椎名君!? ごめん!」
「も〜! 聡美に意地悪しないでよ〜! 大丈夫! 私だよ!」
「え? うそ!? も〜! 椎名君、今日私にキツくない?」
「ははは! 初めて会った頃考えると椎名と聡美ちゃんもずいぶん打ち解けたな!」
「もう恐くないぜ!」
「椎名のくせに……」
「な、何だって!?」
「ハハハハハ!」
「でも、確かに喋ってると少し落ち着いてきたかも。聡美大丈夫?」
「うん! とりあえず目を開けたら椎名君引っ叩くね!」
「ちょっと! ごめんごめん!」
「うそうそ! どうせ緊張ほぐそうとしてくれたんでしょ! ありがとね!」
「いえいえ! どういたしまして!」
「もー! 何で山根君が返事するのよ!」
「あれ! バレた!? おっかしいなぁ!」
「だって声全然違うじゃない!」
「杉川さんは椎名の声好きだもんな!」
「ちょっちょっと!」
「確かに椎名君の事は話題にも良く上がるし」
「聡美まで! 今度は私!?」
「あの〜、置いてけぼりなんですけど……」
「あぁ! すまん椎名!」
「ハハハハハ!」
「あ〜あ、これ終わったらもう夏休みも終わりかぁ。寂しいなぁ」
「まぁまぁ杉川さん。次の夏休み遊びにおいでよ! 俺も椎名も暇だからさ!」
「ちょっと! 何言ってんの! 私たち受験でしょ!」
「あぁ。そういやそうか。聡美ちゃんしっかりしてるね〜」
「小春は向こうの大学受けるの?」
「う〜ん。そうなるかなぁ。引っ越しの話が出るまではこっちの大学受けるつもりだったんだけど。それも家から通う前提だったから。うちは学生のうちは一人暮らしダメって言われてるからさ」
「そりゃ、こんなに可愛い娘なら出来ればずっと側にいたいよな。なぁ椎名?」
「何でそこ俺に同意求めんだよ! さすがに親父さんの気持ちはわかんねーよ!」
「じゃあ小春が娘で彼氏連れてきたらどうする?」
「ぶっ飛ばしてしまうかも……考えたくもないな……」
「椎名。それが親父さんの気持ちだよ」
「胸が痛いな。杉川さん、親父さんに心中お察ししますと伝えておいてくれ」
「う、うん。わかった」
「でもさー、大学の休み入ったら遊びに来れるんじゃね?」
「うん。そうするつもり! まだまだみんなと遊び足りないしね!」
「わー! そしたらうちに泊まりなよ! いっぱい話そ!」
「いいの!? ありがとう! それすっごく楽しみ!」
「決まりだな! またみんなでここ来ようぜ!」
「賛成!」
「さぁさぁ! もうそろそろなんじゃないか? 天然のプラネタリウムってやつは!」
「いや、万全を期してもう少し待とうよ。お前にも感動を味わって欲しいし」
「椎名君優しいじゃん!」
「椎名君は綺麗な星空大好きだもんね!」
「椎名……お前って奴は。ってかそんなにすごいの?」
「うん。でも正直うろ覚えなんだよね。スゲー! って感動した気がするんだけど、景色までは……」
「じゃあ椎名君も初めてみたいなもんじゃん!」
「みんな初めてだね!」
「夏の最後の思い出にふさわしいな! みんなで初めての天然プラネタリウム! イン秘密の場所!」
「いえーい!!」
「よっしゃ! 感動の瞬間まで五秒前! 四! 三! 二! 一!」

「……どうだ?」
「ちょっと返事しなさいよ!」
「ど、どうしたの山根君!」

「すげ……見た事ねぇよこんなの」

「え! 見たい見たい!」
「聡美ちゃん! 静かに! ちょっと待ってね!……よし! みんな顔を上げて! あ、椎名もう少し下げて。それじゃ仰け反ってる。いくよ! せぇーの!」



 ————満天の星。



 開けた視界に飛び込んできたのはまさに満天の星だった。
 見たこともない星空に言葉が出ない。
 そんな息を呑むような静寂を切り裂いたのは杉川さんだった。
「すごい……すごいすごい!!」
 杉川さんの言葉に堰を切ったようにみんなが反応する。
「すごい! ちょーすごい!」
「なぁ! 見た事無いよなこんなの!」
「俺もここまでとは思わなかった!」
 俺たちははしゃぎすぎて手を繋ぎ合って輪になっていた。
「やばい、泣きそう」
「聡美。私も」
「てか、もう泣いちゃってるわ」
「私も。すごすぎるよこれ!」
「椎名……これはズリぃよ」
 泣いている女の子達と手を繋ぎながら山根も声が震えていた。多分泣いている。
 というか俺も泣いていた。
「全員泣いてるし!」
 森さんがようやく空から目を離しみんなを見渡すと、みんな慌てて涙を拭いた。
 ようやくみんな目線を下ろしてお互いの顔を見合う。
 なんかちょっと照れくさくて目線は会わせづらかった。
「これは最高の思い出だわ。椎名! ありがとな!」
 山根にバシっと背中を打たれても全然痛くない。
「本当にありがとう! こんなに感動したの初めてかも!」
 森さんは両手で握手してきた。強く強く握ってきた。
「椎名君」
 声に誘われて視線を移すと杉川さんがいた。
 杉川さんはまだ泣き止んでいなかった。
「椎名くんとは綺麗な景色ばっか見てる気がするけど……夜の学校の屋上とかすごかったけど……今日が一番だよ。叶えてくれてありがとう。私のお願い。約束通り最高の思い出をありがとう!」
 凄く嬉しい言葉を言ってくれたのに俺は何も言えなかった。
 杉川さんは俺の言葉を待たずに俺の胸で泣いていたからだ。
 俺は抱きしめる訳にもいかず、手を真っ直ぐ伸ばしたまま杉川さんを支えようと踏ん張った。
 そのまま山根に目をやろうと見回すが、山根も森さんもいない。いや、正確には少し離れた所に見える二つの影がそうなのだろう。故にここには俺と杉川さん二人きりだ。
 変な気を回され、余計にドキドキしてきた。
 抱きしめるべきか否か。それだけに集中して思考を張り巡らせていたが、その間に杉川さんからは泣き声が止んでいた。でも杉川さんは顔を上げない。俺は意を決して口を開いた。
「あの〜、杉川さん。大丈夫?」
 肩をポンポンと叩くとビクッと杉川さんが反応した。
「椎名君……ごめん、一旦空見てて」
 俺は「わ、わかった」と空を見上げる。その瞬間に杉川さんはパッと離れた。
 目線を下げると杉川さんは背を向けている。
「あの〜、勢いでその……ごめんなさい。別に深い意味は無くて! そ、その感極まったというか。なんて言えば良いんだろう? とにかくごめんなさい!」
 杉川さんは背を向けたまま頭を下げるので、まるで木に謝っているようで何だか笑けてきた。
「ぜ、全然気にしてないけど! それより! ハハハ!」
「な、何で笑うの!」
 堪えきれなくて爆笑する俺にビックリしたのか杉川さんは振り向いた。
「だって! 木に謝ってるんだもん! 見た事無いよそんな人!」
 笑いながら説明すると杉川さんは手で顔を覆う。
「だって恥ずかしくて顔見れなかったんだもん! 笑わないでよ!」
 俺もひとしきり笑って落ち着いたので、ごめんごめん。と謝りながら、気にしてないからと伝えるとようやく手を下ろして笑ってくれた。
「あれ? 聡美と山根君は?」
「あぁ、あの二人なら向こうに。ってあれ?」
 気づけば二人の姿は何処にもなく、辺りを見回すがまとめておいたゴミと調理器具なんかが無くなっていた。
「嫌な予感がする……」
 俺は山根に電話をかける。
(もしもし?)
「おい! 山根! お前まさか!」
(正〜解! あまりにも良い雰囲気だったからよー! 俺、聡美ちゃん送って帰るわ! あらかた片付けて引き上げておいたから残りは持って帰れるだろ? んじゃ! 杉川さんによろしくー! 後、後日報告よろしくー!)
「おい! ちょっと待て! 今どこに!」
 俺の返答なんか待たずに、いつも通り一方的に電話は切れていた。
「山根君もしかして?」
「正解。森さん送って帰るって。杉川さんにもよろしくって」
「そっか〜、でも恥ずかしいとこ見られちゃったし今は顔会わせずに済んで良かったかも。私も聡美にメール送っておくね!」
「うん。とりあえずこれ片付けて帰ろっか」
「あ! なんかほとんど持って帰ってくれてない? 申し訳ないな〜」
「大丈夫大丈夫。もともと荷物少ないしそこからさらに食材とか減ってるから」
「さすが気が利く二人だね」
「やっぱ似てるねあの二人」
「ね!」
 俺達は笑い合って帰る準備を始めた。
 準備と言っても自転車のかごに収まる量なのでこれといった準備は無いのだが。