杉川さんを送って家に着くと山根からメールが来ていた。

「明日十六時に俺ん家集合。自転車で来いよ」
 いつも通りの事なので「了解」と返して玄関を開けた。
「おかえり! どうだった?」
 妹は居間から顔を出して聞いてくる。普段だったらひっぱたきたくなる構図だが、今回、本当にこいつには感謝しているので、そんなことはせずに親指を突き出した右手を前に出した。
「ふーん。やるじゃん」
 妹は笑って手を出し親指を突き出すととスッと引っ込んだ。
「ありがとな」
 居間の前を通る時、目は向けず、恥ずかしくて面と向かって言えなかったお礼を妹に聞こえるように放って駆け足で部屋へ向かった。
 こいつがいなきゃどうなっていた事か。いつか、こいつが悩んだ時には兄として背中を押してやろうと固く誓って床に着いた。



「――――今回のテーマはエスコートだ」
「エスコート?」
 山根は俺をジッと見据えて当日の流れを説明し始める。
 日が変わって山根の家に着いた俺は山根の考えがやはり予想の斜め上を行く事を実感していた。
「そう。エスコートだ。俺は嬉しかったぜ! お前がまさかこんなに行動力を見せてくれるなんて。そこで思いついた訳よ。俺達ってあの二人にイマイチ男らしい所見せられていないだろ? レディーファーストっていうのかなぁ。だから今日さ、ばしっと男らしい所見せて告白かまそうぜ!」
「こっ告白!?」
 俺が勢い良くテーブルに吹き出した麦茶を「おい! バカ!」と避けて山根は続ける。
「俺も聞いたよ。転校の事。多分すげー話しづらかったんじゃねーか? それでも頑張って話してくれたんだからお前も勇気出して気持ち伝えるのがスジじゃねーか? いつまで逃げんだよ。わざわざ好きな人が勇気の出し方教えてくれたじゃん。お前も勇気見せてみろよ」
「山根……」
「まぁどっちでもいいけどよ」
「山根。お前もしかしてただイベントに楽しみが欲しいだけじゃないだろうな?」
「おいおい! やめてくれよ! 椎名ちゃんよー!」
 テーブルを超えて肩をバシバシ叩いてくる山根の顔を見て絶対に図星だと確信した。この顔は楽しんでいる顔だ。
「まぁ俺は隙あらば告白するわ。だってすげーロマンチックなロケーションなんだろ? この機会を逃す手はない!」
「勝手にしろ」
「もう怒んなよー! せっかくなんだから最高の思いで作ろうぜ! 聡美ちゃん程じゃねーけど杉川さんも好きだからさ。良い奴じゃん?」
「……わかってんじゃん」
 俺は少し顔が緩んだ。それを見逃さない山根は直ぐに食いつく。
「まぁな。それに俺はこの四人のバランスが気に入ってんだ。だから出来ればこれからもみんなで繋がっていたいからさ。今日で最後じゃねーけど。次に繋げる為にもな」
「山根……」
 気づけば俺はもう山根の手中にいた。
「俺はお前にとっても最高の思い出にしたいと思ってるよ」
「山根———!」
「あ、もういいからテーブル拭けよ」
 いきなりの冷静な切り返しに呆気にとられる。
「ご、ごめん」
 言われた通り丁寧にテーブルを拭くが、なんかしっくりこない気持ちが胸に残る。これも山根の手なのだろうか?

 ――――。


 準備も万端。二人で自転車に跨がり顔を見合わせる。

「さーて、今年の夏ラスト行きますか!」

 自転車のペダルを漕ぎだし一気にスピードを上げる山根を追いかけながら叫ぶ。
「告白はしないけどなーー!」
「どうだか!」
 山根は振り返って笑った。