駅前にお洒落なカフェができた。紅茶の専門店らしい。世界中のあらゆる紅茶が楽しめる店で、開店初日から長蛇の列ができていた。紅茶を飲むだけでなく、紅茶を使ったお菓子も名物だと聞く。特にアールグレイのシフォンケーキが絶品だとか。
 カフェの左隣には小さな貸しギャラリー。駅前で人通りも多いし、人気のカフェの隣なのでたくさんの人の目に留まるだろう。
 森谷はそう言って僕の肩を叩いた。ちょっと強く叩きすぎだ。叩かれた後、肩がじんじん痛む。

「やったな、ついに念願の個展だ」

 僕はうん、と大きく頷いた。
 あれから四年という月日が流れた。時間の流れとは早い。あっという間だった。
 一番目立つようにと、入り口から真正面の壁に一枚の大きな絵をかけた。一粒の鈴が転がっている絵だ。

「この絵だけは他とは違うんだな」
「ああ」

 森谷は鈴の絵の前を通り過ぎ、別の絵の前で立ち止まるとじっと見つめていた。

「俺はこの絵が好き」

 そう言って指をさす。

「タイトルは……『春』?」
「今の季節にちょうどいいだろ?」
「そうだけど、地味じゃないか?」

 そうかな、と僕は頭を掻いた。

「シンプルがいいんだよ」
「でもなぁ……」

 森谷は絵の前で大きなため息をつく。

「なんだよ、文句か?」
「いやいや」

 目を細めて首を振る。

「これはお前にしか描けないな。物語があるよ」

 僕は大きく胸を張って「そうだろ」と笑った。

「完全なる擬人化だな。それにしても美人すぎる」
「僕にはそう見えるんだ」

 絵の中にいるのはひとりの日本髪の女性。紅色の着物姿で、こちらに向かって微笑みかけている。手には小さくていびつな形の湯呑。ひらひらと桜が舞い散る中、湯呑の中に一枚の桜の花びらが落ちている。

「レトロだよな、お前の絵」

 人に大切にされた古いモノには魂が宿る。これは嘘ではない。誰だって、一度は訊かされた記憶があるだろう。誰かが作ったモノ。誰かが贈ったモノ。人の想いはそれぞれ違う。でもそこには必ず〈愛〉がある。僕にはそのモノたちが生きているように見えた。
 四年前、僕はアルバイトをいくつも掛け持ちしながら一年かけてありったけの金を貯めた。森谷とルームシェアを初めて、ふたりで夜が明けるまで作品作りに没頭した。金を貯めてからは日本中のあちこちを回って、昔に取り残されたモノや風景を絵に残した。海外へ貧乏旅もした。

「夢なんて追いかけてどうするの。一生結婚できないんだからね」

 大学卒業後から働いていた会社の社長が逮捕され、会社が倒産したので「僕は改めて絵の道を究めたい」と母に打ち明けた。あの日からきょうまで、僕はずっと母にぐちぐち文句を言われ続けている。たぶん、これから先も同じだろう。
 ポケットの中でスマホが震えた。母からメールだった。

「きょう、うちの母さんが見に来るって」

 ひとこと。きょう見に行きます、とだけ書かれていた。

「またいろいろ言われるんだろうな」

 そう言って森谷はにたりと笑った。僕だけじゃない。森谷もうちの母から毎回説教を受けている。あなたたちいい加減現実見なさいよ、と。

「この絵は擬人化しないのか?」

 鈴が転がる絵を見て、森谷が訊ねる。僕は曖昧に笑って質問には答えなかった。

「お前、やっぱ天才だよな」
「僕が?」
「大学で初めて会ったときから、俺はお前には敵わないってずっと思ってたよ」

 僕は声なく笑った。