鈴音さんはいつものように煙管を咥えて、ふーっと白い煙を吐いた。

「さっきの人、どうするんでしょうね」

 僕はコーヒーカップを片付けながら訊ねる。

「さぁね」

 そう言って薄っすら微笑んだ。

「あの娘がどの道を選ぶかはわからない。でも、彼女にとって前向きに生きていける方を選択できたのなら、なんだっていいんだよ」

 そうですね、と僕も頷く。

「浩一は、自分の親と仲良くやっているのかい?」
「親、ですか?」

 一瞬片付ける手を止めた。
 以前ハルさんに訊ねられたときと同じで、別に不仲ではない。

「普通だと思いますよ。悪くもなく、めちゃくちゃいいってわけでもないというか」
「血が繋がった親だからと言って、必ずしもみんなが仲良しとは限らないからね。家族っていうのはなかなかに厄介な代物だ」
「どうしたんですか、唐突に」

 僕は笑いながら訊き返す。
 鈴音さんはいつだって唐突に物事を話はじめるが、でも必ず理由がある。僕もずいぶん鈴音さんという人がわかってきた。

「血は繋がらないが、結婚すれば相手の親も家族になる。さっきのあの娘も自分の気持ちが言い出せないんだろうね」
「姑ってやつですね」
「妙な連絡をよこして来るような母親だ。きっとそう大して息子に注意もしていないんだろう。息子の育て方も間違えたのかもしれないな」

 鈴音さんは喉の奥で笑っている。こういうところは、いつも意地悪だ。

「言い過ぎですよ」
「事実だろう」

 また吐き出した煙が僕の喉に入る。思わず咳き込んだ。

「清葉の母も、遊女だったんだ」

 僕は咳き込んだまま窓を開けて煙を外へ逃がした。

「遊女……?」
「清葉はな、遊女から生まれた遊女さ。生まれた瞬間からずっと籠の中の鳥。自由なんて知らずに生まれ育って、結局死んじまった」

 鈴音さんは清葉さんの話をするときは決まって必ず、庭先の椿の花を見つめている。

「遊女の妊娠ほど喜ばれないものはない。その当時の堕胎方法は悲惨だ。それが原因で命を落としたり、商品にならなくなったりした遊女も多い。清葉の母も行く末は花魁かと言われるほどの人気だった。そこで、ひっそりと産ませようって話になった。遊女が休むとなると、その金もすべて遊女持ちだ。清葉を産むために、清葉の母はどんどん借金を重ねていった」

 借金の肩に遊郭へ売り飛ばされたっていうのにね、と鈴音さんは苦しそうに笑った。

「清葉の母は清葉を産んですぐに亡くなってしまった。清葉は生まれながらにして借金まみれさ。でもその美貌は母親譲りだったよ。病気で死にさえしなければ、いつかどこかで身請けされたかもしれない」
「そんなに人気の遊女だったんですか?」
「そうさ。美人で頭もよかった。特に歌が上手だったよ」

 そう言いつつ白い煙を吐く。相変わらず視線は椿の花の方だ。

「きょうはまた、いつもより清葉さんの話をするんですね」
「命日だ」

 え、と僕は鈴音さんをまじまじと見つめる。鈴音さんは僕の方に向き直って足を組んだ。

「遊女は死ぬと、投げ捨て寺という場所へ運ばれる。私が初めて見たのは、投げ捨て寺に捨て置かれた清葉の亡骸だった」

 僕は何も答えず、ただ黙って鈴音さんの続く言葉を聞いていた。

「清葉と同じ姿になった私は、その足で甚之助のもとへ行ったのさ。清葉の想いを秘めたまま。でも、甚之助には妻も子もいた。そこで私も初めて知ったんだよ、甚之助には妻子がいたって」

 鈴音さんは椅子からおもむろに立ち上がると、裸足のまま窓の外へ降りた。きょうはいつもの緋色の長襦袢姿ではなかった。緋色より紫みの強い濃緋(こきひ)色の地に、麻の葉と梅の絞り柄の長襦袢を着ている。赤と白の斑模様の金魚みたいだ。

「今夜、浩一に見せたいものがある」

 身体は椿の方に向けたまま、顔だけこちらを振り返る。
 僕はこくりと頷いて、コーヒーカップを片付けた。