「マスター、どうして茜さんに言ってあげなかったんですか?」
茜さんが店を後にした直後、わたしはマスターにそう聞いた。
優太さんは海外に留学し、そちらの国で就職をする決意を固めている。
それを茜さんに伝えて上げればよかったのにと思った。そうすれば茜さんにも選択肢は増えるはずだから。
「その方が二人のためだと思ったからです」
「二人のため、ですか」
「橘さんはおそらく、片岡さんの正体は知っているはずです」
「え?」
「わたしが結婚をするなら向こうの方が楽かもしれないと話を振ったとき、橘さんは相性だけで海外を目指すわけではないと答えていました。これは片岡さんが炎の性質を引き継いでいるかもしれないという意識があったからではないでしょうか」
橘家は血族の家系、名前が変わっていたとしても茜さんの過去を調べるくらいは簡単で、それがかつて命を奪った相手の娘なら自動的に情報が入ってくるのかもしれないとマスターは言った。
もしかしたら優太さんはすでに親から事情を説明され、茜さんには近づかないよう警告されていたのかもしれない。
「茜さんの過去を知っていたのなら、なぜ優太さんは付き合おうとしてるんですか」
「罪滅ぼしか、単純に好きになったかのどちらかでしょう。どちらにせよ、片岡さんへ好意があることは間違いないでしょうね」
「じゃあもしかして、優太さんが海外を目指しているというのも」
「片岡さんと結婚するためかもしれませんね。仮に相性が良かったとしても、因縁の相手の娘を橘家が受け入れるとは思えない。復讐心を抱いていることは明白ですから、どうにかして遠ざけようとするでしょうね」
海外ならそういった問題は起こらない。
血族とは言え、その影響力は国内に限られている。無理に連れ戻すなんてことは不可能に近い。
「なら、余計にその情報は茜さんに教えるべきだったんじゃないですか。そこまで真剣に自分のことを考えてくれるなら、茜さんの気持ちにも変化が起こるかもしれないですよ」
けれど、マスターは軽く首を振った。
「焦る必要はありません。二人はまだ若い。悩み苦しむ時間は決して無駄なものではなく、人の成長を促すものです。他人からもらった答えでは、何かあったときもそれを言い訳にしてしまう。いまの二人にとって必要なのは自分の心と向き合いながら様々な情報を得て答えを求めていく、その課程なんです」
おや、とマスターはドアのほうに顔を向けた。マスターは人の気配に敏感で、来客を事前に察知することができる。
ドアベルが鳴り、新しいお客さんが入ってくる。わたしは二人の幸せを願いながら、いつものように元気に挨拶をする。
「いらっしゃいませ!」
茜さんが店を後にした直後、わたしはマスターにそう聞いた。
優太さんは海外に留学し、そちらの国で就職をする決意を固めている。
それを茜さんに伝えて上げればよかったのにと思った。そうすれば茜さんにも選択肢は増えるはずだから。
「その方が二人のためだと思ったからです」
「二人のため、ですか」
「橘さんはおそらく、片岡さんの正体は知っているはずです」
「え?」
「わたしが結婚をするなら向こうの方が楽かもしれないと話を振ったとき、橘さんは相性だけで海外を目指すわけではないと答えていました。これは片岡さんが炎の性質を引き継いでいるかもしれないという意識があったからではないでしょうか」
橘家は血族の家系、名前が変わっていたとしても茜さんの過去を調べるくらいは簡単で、それがかつて命を奪った相手の娘なら自動的に情報が入ってくるのかもしれないとマスターは言った。
もしかしたら優太さんはすでに親から事情を説明され、茜さんには近づかないよう警告されていたのかもしれない。
「茜さんの過去を知っていたのなら、なぜ優太さんは付き合おうとしてるんですか」
「罪滅ぼしか、単純に好きになったかのどちらかでしょう。どちらにせよ、片岡さんへ好意があることは間違いないでしょうね」
「じゃあもしかして、優太さんが海外を目指しているというのも」
「片岡さんと結婚するためかもしれませんね。仮に相性が良かったとしても、因縁の相手の娘を橘家が受け入れるとは思えない。復讐心を抱いていることは明白ですから、どうにかして遠ざけようとするでしょうね」
海外ならそういった問題は起こらない。
血族とは言え、その影響力は国内に限られている。無理に連れ戻すなんてことは不可能に近い。
「なら、余計にその情報は茜さんに教えるべきだったんじゃないですか。そこまで真剣に自分のことを考えてくれるなら、茜さんの気持ちにも変化が起こるかもしれないですよ」
けれど、マスターは軽く首を振った。
「焦る必要はありません。二人はまだ若い。悩み苦しむ時間は決して無駄なものではなく、人の成長を促すものです。他人からもらった答えでは、何かあったときもそれを言い訳にしてしまう。いまの二人にとって必要なのは自分の心と向き合いながら様々な情報を得て答えを求めていく、その課程なんです」
おや、とマスターはドアのほうに顔を向けた。マスターは人の気配に敏感で、来客を事前に察知することができる。
ドアベルが鳴り、新しいお客さんが入ってくる。わたしは二人の幸せを願いながら、いつものように元気に挨拶をする。
「いらっしゃいませ!」