黒羽(こん)霧波咲(きりなみさき)はごくごく普通に出会い、恋に落ち、結婚した。そして、紬が生まれた。

 紺は、黒羽財閥の末端の家系であった。しかし、黒羽財閥当主の黒羽ましろとは面識もなければ、会ったこともない。にも関わらず、ある日突然一通の手紙が届いた。

 そこには、会食の日時と場所が書かれていた。
 そして差出人は、かの有名な黒羽財閥現当主の黒羽ましろ。

 紺と咲は困惑しながらも指定された高級料亭へ足を運んだ。

 そこは黒いコンクリートで造られた、まるで牢獄のような店だった。冷たく、暗く、重い空気がたちこめたそこは、とても高級料亭とは思えないプレッシャーを二人に与えた。

 初めて見たこの国のトップに君臨する大財閥の当主は、思ったよりも若い男だった。

 ましろは、女のように美しい男だった。髪は長くウェーブがかっていて、美しい銀色をしていた。一見すると天使のように清廉で、けれど悪魔のように仄暗い影もまとった、独特の雰囲気を持った男だった。

『いきなりすまなかったね。初めまして。僕は黒羽ましろ。黒羽財閥現当主だ』
『は、初めまして……』

 その声は低く、しっとりとした甘い声をしていた。ましろは優美な笑みを浮かべ、上品な所作で二人を向かいの席へ促す。

 紺と咲は恐縮しながら席につく。

 目の前には見たこともない豪華な料理が並んでいる。しかし、二人は緊張でとてもそれを口にすることはできなかった。

 二人はましろを見た。ましろは穏やかに二人に笑みを返す。

『今回呼んだのは、黒羽財閥次期後継者のことなんだ』
『次期後継者?』

 紺と咲は顔を見合わせる。

 どういうことだろう。
 黒羽財閥の次期後継者決めが、紺たち末端の夫婦になんの関係があるというのだろう。

『君たちには息子がいるよね』
『はい。それがなにか……』
『僕は決めたんだ。君たちの息子、黒羽紬を次期後継者とするってね』

 ましろはまるで今日の夕食を決めたとでも言うような軽やかな口調だ。

『……紬が、黒羽財閥の次期後継者になると?』
 咲は眉をひそめ、紺を見た。紺も戸惑いがちにましろに真意を訊ねる。
『そうだよ』
『でも、私たちの身分は後継者に認められるほどのものでは……』

 咲がおずおずと言った。

『君たちの息子の運命は、魔女に繋がっているんだよね』
『は……?』
『運命? 魔女?』

 ましろはごく真剣な顔で話しているが、これは、上流階級の人間ならではの冗談なのだろうか。

 ましろは怪訝な顔をした二人を気にも止めず、続けた。

『人はそれぞれ、運命の赤い糸で結ばれているんだ。誰しも、必ず。力があるものを引き寄せる力を持つ。運命の人間を選び、糸がほつれ、切れたものは摘んでいく。それをよく見極め選ぶことで、この財閥は発展してきた。そうして黒羽家は大きくなった』

 二人はましろの話に困惑した。

『あの、なにをおっしゃっているのか……』

 ましろはかまわず話し続ける。

『この世界には、魔女が三人いる』
『魔女?』
『紅《あか》、白《しろ》、黒《くろ》。君たちの息子、紬の運命の赤い糸は、白の魔女に繋がっているんだ』

 ましろの話は、こういうことだった。

 今回、黒羽財閥の次期後継者として選ばれたのは三人。
 その三人のうちの一人が二人の息子、黒羽紬だった。

 ましろいわく、人はみな生まれながらに、誰かと運命の赤い糸で繋がっているという。

 今回選ばれた人間は皆、その運命がそれぞれの魔女に繋がっていた。

 魔女は強力な魔法を使うことができ、その気になれば国を滅ぼすことだって、国を生み出すことだって容易いそうだ。

『魔女なんて……そんな、非現実的な』
『そう? この世は不思議なことだらけじゃないか』

 ましろは美しい顔でふわりと笑う。

『でも、紬が……白の魔女と、運命の赤い糸で結ばれているって言われても』
『息子はまだ幼いし、今から次期後継者だなんて言われても』

 にわかには信じられないし、いきなりそんなことを言われても、簡単に「はいそうですか」とは言えない。

『これは試練だよ』
『試練って?』
『次期後継者の座を狙って、黒羽一族はこぞって君たちの息子を殺そうとするだろうね。それに打ち勝つことができた候補者三人のうちの一人のみ、黒羽財閥を背負って立つ人間となる資格を与えられる』

 ましろの不穏な言葉に、二人は青ざめた。

『困ります! いきなりそんなこと言われても、とても信じられないし、私たちは黒羽家といっても末端の家系で……』

 大財閥の当主に対して思わず声を荒らげた紺を、ましろは穏やかに制した。

『そんなものは関係ないよ。だって君たちに拒否権はないからね。拒否すれば君たち共々、子供も皆殺しになるだけだ』

 ただ穏やかに微笑んで、そう言った。

 そしてその翌日、ましろは大々的に記者会見を開き、三人の黒羽財閥次期後継者候補を発表した。

 その日から、幸せだった紺と咲そして紬の生活は一変した。