――十一年前、六月十日。

 その惨劇が起きたのは、強い雨の日だった。重い灰色の雲が覆った街。冷たい雨がタワーや草木を濡らし、昏い影を落としていた。

 その日の午前十時五分、唐草区(からくさく)一等地にある黒羽(くろば)財閥タワーが爆破された。

 この国で三本の指に入る財閥グループである黒羽財閥。経営責任者は黒羽家当主の黒羽ましろという男。

 黒羽グループのすべての子会社の責任者は、黒羽家の者に支配されていた。黒羽家に生を受けた者は、みなこぞって黒羽財閥会長――つまり、当主の座を狙った。

 そんな中、ましろは自身が引退したあとの後継者候補として、三人の名を挙げた。

 その反響はこの国だけにとどまらず、世界へ広がった。

 そして、後継者候補となった三人は、黒羽家一族の人間たちによる暗殺の恐怖に怯えて生きることとなった。

 ――あるとき、それはなんの前触れもなく、消えた。
 唐草区で一番の存在感を誇っていたそのタワーは、一瞬にして塵と化した。

 タワーを爆破した容疑者夫婦は、爆発で炙り出されるようにタワーの中から出てきた男――黒羽ましろを殺し、その場で射殺された。

 容疑者の名は、黒羽(こん)と黒羽(さき)。二人は夫婦で、黒羽ましろにより後継者候補として選ばれた子供の親だった。

 自らも身内である黒羽財閥の本社タワーを爆破した動機は、息子を守るため。

 望まずして次期後継者候補となってしまった息子は、一族から命を狙われていた。

 そしてその矛先は両親である紺と咲にも向き、最終的に息子の身を案じた二人は、先回りしてタワーを爆破し、自ら身内の黒羽財閥を潰そうとしたのだ。

 二人の起こした事件は、本社に勤めていた二万人の人間の犠牲を伴った凄惨な事件として広く世界中に語られることとなった。

 タワー崩壊後、その跡地には、新しいタワーが建てられた。建立期間はたったの半年。

 恐るべき総力だった。

 そしてそれは、まるで墓石のような、記念碑のような禍々しい形をしていた。

 唐草区一等地の大きなタワー。それは、被害者遺族の会――黒羽財閥元後継者暗殺計画の本拠地となった。