一本を逃せば、次に来る電車は二時間、三時間、下手をすればそれ以上。一日に運行する回数は日替わりで、休日の今日はたったの二回。車掌の仕事は朝が早いイメージを抱いていたが、志波さんの朝は例外で、サラリーマンよりも優雅であろうとてものんびりとしたものだった。

 一緒に家を出た昨日とは異なり、今日は先に志波さんの家を後にする。玄関で見送ってくれる誰かの存在が新鮮で、この場合は何と言って出て行くものだったか。


「いっ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 言い慣れていない言葉を勇気を出して発した。

 返されることを期待していなかったから、いや、何も返されない不安を抱いていたからだろう。彼の一言が純粋に嬉しい。

 喜びと共に言葉に詰まってしまったことを思い出し、恥ずかしさからじんわりと顔が熱くなる。忘れたい一心で走って公園に向かった。足の速さは男子の平均程度だ。

 残念ながら、こんなことで記憶の中から消去出来るほど人の心は簡単でない。

 相手からしてみれば今にも忘れているようなくだらないことも、自分自身は数時間、数日、何年も覚えていたりする。

 公園が見えてきて足をクールダウンさせた。息を整えながら入り口のなだらかな坂道を上がる。

 約束の時間までまだ三十分の有余。そこに待ち人の姿はないと思っていた。掃除に来ている誰かや、犬の散歩に来ている誰かがいるか、無人の公園だと。

 誰も目に入らなければ、そこは無人の公園だ。けれど静まり帰ったその園内の中では、ただ一人の少女が木に凭れて退屈そうに時間が過ぎるのを待っている。その姿が視界に飛び込み、直ぐに少女もこちらの姿を見つけた。目と目が合った途端、つまらなそうに見えていた相手の表情は嬉しそうな明るいものへと変わる。

 遅刻を危惧してやってきたなんて事実と異なる想像をされないように、呼吸のリズムを無理やり正す。


「学校は?」