私は高校1年生になった。
 4月のある晴れた朝、私は合格者説明会以来約半月ぶりに進学する高校に足を踏み入れた。通っていた中学校からは少し離れたところにある、公立の高校だ。この高校に進学した同じ中学の人はいないらしい。私にとってはとても都合がいい。
 私がこの高校に進学を決めたのには理由がある。
 簡単に言うと、同じ中学校出身の人がいない高校がよかったからだ。
 自分を変えたかった。
 スクールカーストの底辺で、上位の人たちの顔色を伺いながらいじめられる生活はもうこりごりだった。
 中2からの2年間、執拗に繰り返されるいじめに耐えてきた。精神的にも物理的にも毎日のようにされた。学校になんて行きたくなかった。逃げ出してしまいたかった。でも、不登校になったら親に隠してきたことが水の泡になってしまうし、迷惑をかけてしまう。何より、親に悲しい顔をさせたくなかった。
 今年は桜の開花が遅く、入学式の今日は校内の桜並木が満開になっていた。
 「桔花ももう高校生なのね・・・・・・」
 「子供の成長っていうのは早いものだなあ・・・・・・」
 お母さんとお父さんのしみじみとした声が聞こえる。
 お母さんもお父さんも、私がこの八重山高校に合格したことをとても喜んでくれた。それと同じくらい、心配してくれた。「中学校の友達がいない高校に進学して寂しくないのか?」と。
 そう聞かれたとき、一瞬答えに詰まった。本当のことを言ってしまいそうになった。だが、考えて私は大丈夫とだけ答えた。
 時間になり、体育館で入学式が始まった。呼名されて本当にこの高校の生徒になったんだという実感が湧いた。そして、ここでも、中学のときと同じように、スクールカーストの底辺で上位の人たちにいじめられながら過ごすことになったらどうしよう、と不安になった。
 そうなのだ。あの中学校でないとはいえ、いじめられないとは限らない。きっかけは違うかもしれないが、いつどんなことがいじめに発展するかなんて誰にもわからない。
 悶々と考え込んでいるうちに、いつの間にか入学式は終わっていた。クラス発表のあと、その教室に行き、自分の席に座る。
 少し待つと、担任の先生が教室に現れた。
 「このクラスの担任を務める瀬ノ上拓磨です。1年間よろしくお願いします」
 20代後半くらいの若い先生だった。なんとなく新人の名残がある。この人が学生だったらスクールカースト上位に入りそうだ。呼名されたクラスメートの名前を聞く限り、中学校にいた人の名前はなかったことがわかり、少し安堵した。

                *   *   *

 何か良くないことが起こるんじゃないかと不安になりながら二日目の学校に登校した。ビクビクしながら下駄箱を開けると――。
 「・・・・・・あれ?」
 そこにはきれいな上履きが、昨日私が入れたままの状態で入っていた。いつもなら落書きされたり画鋲を入れられたりゴミ箱に捨ててあったりするのに。
 「なんで・・・・・・」
 いや、こんなことで驚いていてどうするんだ。自分を変えるためにこの高校に進学したのに、いつまでも中学のときのままの考え方でいたら、中学時代の再現になってしまう。ここはあの中学校ではなく、八重山高校なのだ。環境を変えたのだから、私も変わらないと。
 大人しく上履きを履いて教室に向かう。教室にはすでに何人かの生徒がいて、一人で席に座っていたり、数人でおしゃべりをしていたり、本を読んでいたりと様々に過ごしていた。教室内に入ると、全員がサッと私を見て、すぐに全員から口ぐちに「おはよう」と声をかけられた。
 「・・・・・・・・・・・・」
 「え、何、シカト?」
 クラスメートのうちの一人からそう言われた。一瞬何を言われたのかわからず困惑した。
 今まで朝教室に入って「おはよう」だなんて言われたことなかった、というか、そもそも声をかけられることがなかったから、頭が追いつかなかった。
 「・・・・・・あ、え、と、お、おはよう」
 「うん、おはよ」
 席について程なくしてクラスメートが続々と登校してきて、予鈴が鳴り響いた。
 「席についてください」
 ガラガラと扉を開けて瀬ノ上先生が教室に入ってくる。
 「今日は高校生活2日目ということで、皆さんには一人ずつ簡単な自己紹介をしてもらいます。このあと出席番号1番の人から順番に言ってもらいますので、考えておいてください」
 自己紹介という単語を聞いた途端に頭が痛くなった。自己紹介は苦手だ。人前で話すことが苦手な上に、何を言えばいいのかがわからない。みんなスラスラと自己紹介をするので、本当に驚く。
 クラスメートの中には文句を言っている人もいるが、きっとそういう人も上手な自己紹介をするのだろう。
 このクラスは、2日目なのに仲良く話している人が多くいる。同じ中学出身の人と一緒に進学している人が多いのだろうか。
 なんとなくそういう人たちを見ていると、その中には入っていけないと思ってしまう。そして結局逃げてしまうのだ。
 また弱気になっている自分に気がついて、心を奮い立たせた。まだ2日目で弱気になっていてどうするの。覚悟してこの高校に進学したのに、またここでも中学のときと同じような生活をするつもりなの?
 鐘がなり、ほとんど先生の話を聞かないままSHRが終わってしまった。
 何をすればいいかよくわからないので、持っていた本を開いた。でも、読まずに、というか読んでいるフリをしてクラスメートの様子を観察していた。
 男子たちは、10人ほどで集まって何やらワイワイと楽しそうに騒いでいる。他は、本を読んだり何か書いたりしている。
 女子は少人数で集まっておしゃべりしている人たちやノートに何かを書き付けている人たちなどがいる。
 みんな楽しそうだ。学校という空間を、友達といる時間を楽しんでいるのだと思う。楽しんでいる人たちというのは誰であっても明るくみえる。あんな風に明るくなりたいとは思うけど、なれないとも思ってしまう。
 近くにいれば自分も同じようになれるかもしれないと思ってこの高校に入ったけれど、物理的に近くなってもクラスメートたちは遠くにいて、私は根本的に違うのだということを実感して近づいていくことが出来なかった。
 再び瀬ノ上先生が教室に戻ってきて、同時に1時間目の始まりを知らせる鐘がなった。
                *  *  * 
 「次、高江」
 私の順番が回ってきて、瀬ノ上先生に名前を呼ばれた。
 「は、はい」
 席を立ち、教卓に向かう。歩いているほんの数秒の間に、上がっていた心拍数が更に跳ね上がる。近くのクラスメートに心臓の鼓動が聞こえてしまうのではないかと思うほど激しく脈打っている。