足先を見る。スカートが風ではためく。冷たい風が入ってくる。
たくさんのビル、車、歩いている会社員、学校帰りの小学生、赤や黄色に色づいた銀杏や紅葉の木が、はるか下に広がっている。ここは、病院の屋上。あと1歩前に足を出せば死。風の抵抗を受けながら、私は真っ逆さまに落ちるだろう。頭から落ちて、グシャッと潰れて、私という存在が亡くなる。痛いのだろうか。交通事故にすら遭ったことないから、うまく想像できない。でも、一瞬で痛みも感じず死ねたらいいな。
今日を私、小笠原あすかの命日にしようと思う。3年間お世話になったこの病院で私は死ぬ。飛び降りる。自殺だ。
自殺は駄目?親不孝?生きていれば希望?知ったこっちゃない。それは、生きることを辛いと思ったことのない者たちの傲慢だ。私はもう生きたくない。私は死にたいから死ぬ。自分の運命は自分で決める。
あと1歩宙に出せば死ぬ。その時、
風が吹いた。思わず目を瞑り、長い黒髪が揺れる。
「やめな。」
突然の声に驚き、後ろを見る。手すりの向こうに30代ぐらいの男がいた。ボサボサの黒髪、無精髭、背は高めで痩せている。いつ、屋上に入って来た?
「死ぬんだろう。それはバカがすることだ。」
怠そうにタバコを咥えながら、手すりにもたれてその男は言う。白衣を着ているからこの病院の医者だろう。
なんで?この時間帯は医者が来ないはずなのに。最悪。
医者に自殺願望者の気持ちは分かるはずがない。
「バカにしないで。」
足先を見る。あと1歩で死ねる。久しぶりの高揚感が私を包む。
「戻れ。そこは危ない。」
フェンス1つ挟んで言う。邪魔しないでほしい。
「私は死にたいの。」
「おまえ、死ぬってどういうことか分かってんのか。」
医者を見る。鋭い目が私を見ていた。深く黒い瞳だった。
「分かってるよ。」
「分かってねぇ。」
「分かってるっ。」
「死んだ側は、やっと死ねた!と思うだろうが、残された側はどうなる。おまえ見るからに高校生だろうが。親御さんが悲しむぞ。」
私の服装をチラッと見て言う。
お父さん、お母さんの顔が浮かびそうになるが何も考えないようにする。