穂花が示した、二つの生き方――。

 1.臆病で何もしないけれど、長生きはできる人生。
 2.短いけれど、好きなものにぶつかり、生きる喜びを噛みしめる人生。

 どんな幸せもリスクなしには得られない。
 ハイリスク・ハイリターン。またはローリスク・ローリターン。

 穂花はそんなことを言おうとしているのだろう。
 臆病で、恋すら踏みとどまっている私のために。
 何も言わず、秘密も明かしてくれない幼なじみのために。

「う……穂花……」
「なに?」
「穂花、ほんっとうに良い子……!」
「ぎゃっ、抱きつくな!」
「なでなでもしてやるぅ」
「何なの、キモい!」

 道を示してくれた穂花に、こんな茶化した感謝しかできなかった私だった。いつかきちんとお礼をする日が来るだろう、なんて悠長に構えていた何よりの証拠だ。

 いや、お礼なんて言う必要はない。
 最大の穂花へのお礼は、きっと私が生きる喜びを感じられる生き方を全うすることなのだろう。
 たとえそのことで、私が地上で生きられる時間が短くなったとしても。


 彼女の抑えきれない好奇心は、ついに私を郵便局の前まで連れてくることに成功した。

 あーあ……。押されに押されてしまった感は拭えない。

 時刻は16時55分。郵便局が閉まる、5分前。

「外で待つだけだからね!?」
 閉店間際に入ってくるお客(というかお客ですらない)なんて迷惑でしかない。

「何言ってんの。うちら、切手を買いに来ただけじゃん?」

 にやにや笑いを押し隠そうともせずに、穂花は正当化する。

「言い訳下手すぎるでしょ!? 切手とか、悪いけどほぼ日常で使わんし……」
「あったら使いたくなる。それが切手ってもんでしょ。手紙だからこそ感じられる独特のときめきってもんがあるのよ」
「なんか恋の手練れって雰囲気が謎に出てるんですけど」

 私の知る穂花はそんな熟練のカノジョじゃないぞ!

……って、私のツッコミを聞こうともせず、颯爽と郵便局の自動ドアの中に吸い込まれていってしまった。
 数秒空いたドアの間から、よく冷房の効いた空気がふわっと流れ出てくる。

 入ろうか、入るまいか……。

 ええい、私も入っちゃえ!

 一旦閉まったガラス扉に、大きく右足を踏み出した。