そこからの毎日は、生まれて初めて飴玉を舌にした子どものような気分だった。

 古い商店街を歩き、アイスで火照った体を冷やす。
 小さな映画館に入り、恋愛映画を観る。
 古本屋で懐かしい漫画を見つける。
 家から引っ張り出してきたボールで二人きりのビーチバレーをする。
 あてもなく町中を歩き回る。

 どれもそれ自体は特別な行為じゃない。
 なのに日野陸斗が横にいるだけで、すべてが特別だった。

「ちかげちゃん」と次第に彼は私のことを呼ぶようになり、私も「陸斗くん」と彼を呼ぶようになっていた。

 陸斗はよく私のことを褒めた。
 私の髪や手足を。声を、言葉を、考えを。

 そしてしばしば陸斗はこう言う。
「ちかげちゃんは、夜の海に浮かぶ月みたいだなって思ってた」

 だけど彼が私のことを好きなのかどうかを判断するには、あまりにも私は恋に不慣れすぎた。
 彼はいつだって太陽のような笑顔で、犬のように走り回っていた。
 いつも眩しくて、この人のいる世界は永遠に滅びないんじゃないかって思えた。

 そして何より、人生で初めて「幸せ」という言葉の意味を私は実感していた。
 私は孤独なんかじゃない。
 隣にこの人が居てくれるから――。

 一方で。
 日に日に私の体にはうろこが増えた。
 初めは背中にだけ生えていたのが、次第に胸やお尻にまで広がり始めた。

 だというのに、私は聞くことができなかった。

「あなたは、私のことが好きなんですか」と。

 だって、もしも「違う」なんて言われたら――地獄にたたき落とされるような絶望感を味わうことになるでしょう?

 それなら、今のままでいい。
 魚住家の言い伝えが合っているのか合っていないのか、曖昧なままでいい。

 今口にしているこの甘酸っぱい飴玉を、少しずつしゃぶっていれば、私は幸福なんだから。

 その時の私は、完全に先のことから目を逸らしていただけだった。