(何言ってるんだろう、穂花は)

 目の前でシナリオにない出来事が起こり、ちょっとパニックになった私。

(これも芝居……? でも声が本気過ぎるんですけど)

 どうリアクションを取るべきか分からず、ただおろおろしていると、折りよく『蛍の光』が流れ出した。いつまでもここにいるわけにはいかない。
 局員の女性も苦笑いを浮かべている。

「この後、お時間ありますか? 局の前で待ってます」

 きょとんと目を丸くしている日野陸斗に、穂花は一方的に言い放ち、そそくさと郵便局をあとにした。何を考えているのか分からない。
「ちょっと、待って……し、失礼しました」
 日野陸斗に軽くお辞儀をして、あとに続く。


 郵便局にいた時間はたった五分やそこらのはずなのに、入る前と出た後では日がずいぶん傾いている気がした。墨みたいな焼け方をした小学生たちが何やら楽しそうに叫びながら、私たちの前を駆けていく。
 郵便局を出るなり、穂花はニヤッと笑いかけた。
「どうだった?」
「どうだったかって、聞きたいのはこっちだよ。何がしたいのか意味不明」
 少し苛立ち混じりに答える。
「えー、鈍感だなぁ。私が陸斗さんの手首掴んだ時、何か感じなかった?」
 何か、と言われても。
「何やってんだろ、としか」
「今ゆっくりその時のことを思い出してみてよ」
「んー……。やめてよって感じ?」
「そう! その感じよ!」

 夕方の住宅街に、穂花の声が恥ずかしげもなく響き渡る。うちの家には絶対にまる聞こえだ。
 穂花はがしっと私の両肩を掴み、目をきらきらと輝かせて、

「やめてほしいって思ったでしょ!? なんで彼の手を掴んでるの、なんで彼にイケメンなんて言うの、って思ったでしょ!? それ、世間ではこう言いまーす。『ヤキモチ』!!」
「しー! 聞こえるって!」

 こんな会話、家族にも日野陸斗にも聞かれたくない!
 恥ずかしくってしょうがない。

「まだヤキモチとか、そういうのじゃないよ」
「さーあ。どうかなー」

 などといっている間に、裏口から
「あの、お待たせしました」
と妙にかしこまった口調で日野陸斗が出てきた。
「あ、どうも!」
 どっちが年上なんだかわからない口ぶりで穂花は片手を挙げ、
「じゃあお邪魔虫はこれで帰りまーす。あとはお二人で!」
とくるっと背中を見せて猛ダッシュで自宅へと駆けだした。

 む、無責任すぎない!?