誰かを好きになるというのは、今の自分を嫌うことと同義だ。
 歩道から渚を見下ろす。遠のく昼下がりの波打ち際に、明日去るこの街と、今日は隣にいない人を想う。
 この半年の間に何度も来た。いつもは一緒に。一度だけ一人で。
 目に映る三月の海は浜辺から見たそれよりずっと広い。
 彼も本当はこんな存在なんだと思い返す。
「……リオ」
 彼の名前を呟くと、膝裏に鈍い衝撃を感じた。
 振り返ると、小さい子供が驚いた顔でよろよろ後ろに下がった。「ごめんなさい!」と駆け寄った母親に手を引かれ、子供は浜辺に降りる。
 海は初めてなのだろうか。
 だとしたら、どう反応するだろう。俺と同じように?
 ちり、と潮風が首をかすめる。
 イギリス。首都ロンドンの真南に位置するここは海岸の街。だけどその海辺は少し特徴的だ。
 砂浜だけが海じゃない。俺が見下ろす渚を埋め尽くすのは無数の「小石」だ。
 世界にこんな場所があるなんて。
 自分の中にこんな感情があるなんて。
 ここに来る前、彼に会う前は、少しも想像してなかった。