「青柳、ちょっといいか」


新学期が始まって2週間が経ったお昼休みのこと。廊下側の最前列、私の前に座る黒髪の男が、入口のドアからひょっこり顔を出した先生に呼ばれるのを見た。




『えっと……こんちゃーす』
『なにそれダサ』
『うるっせーな椎花! 何笑って』




見ていた動画を止め、イヤフォンを取る。




「お前今日サッカー部の助っ人来れないか?」
「いやいや荻ちゃん、俺受験生っすよぉ。ベンキョーしないと」
「どうせ部室でマンガ読むだけだろ」
「今どき漫画は学習っすよ。先生ブルーピリオド読んだことある? 読みな? 人生変わるぜ?」
「なんなんだお前は……」




先生、私も同感です。相変わらず口が達者なその男はなんなんですかね、本当に。

はあ…とひとつため息を吐き、私は男に後ろから声を掛けた。



「茅人。どうせ暇なんだから行きなよ」
「あぁん? 椎花おめー俺が暇みたいな言い方すんな」
「暇だから言ってんでしょ」
「暇じゃねえっつの、ブルーピリオド11巻読むのに忙しい」
「荻原先生。そういうことなので、どうぞ」
「あ、オイこら勝手に」
「ああ、助かるよ粟野。ほいじゃ青柳、放課後よろしくなー」



先生は笑いながらそう言うと、ひらひらと手を振って教室を出て行った。

直後、前の席の黒髪男───茅人が振り向いた。




「俺の放課後をお前が決めんな」
「あそこはもう部室じゃないです控えてください」
「今日はワンに会いに行く予定だったんだよ」
「じゃあ終わってから一緒に行こう。待ってるから」
「おま……、ばかやろー」
「ふは。なんでよ」



言葉を詰まらせた茅人にふ、と笑いかけ、私は頬杖をついた。窓の外では、桜の花が風に吹かれて散っている。

再びイヤフォンを耳にはめ、まだまだ記憶に新しい動画を再生した。





『壱弥お前も!』
『こういうのってノリで話すもんじゃないの?』
『は? 一生残るんだぞ。時々見返して共感性羞恥に駆られてもいいのかよ』

『無視すんなこら』

『それ最初にぶっこむのまあまあえぐいけど大丈夫そ?』

『俺はCHANDELIERのモンブラン食ったことかな』







高校3年生、新学期。

今日の放課後の予定。サッカー部の助っ人に呼ばれた茅人を待ってから、CHANDELIERのスイートポテトをもってワンに会いに行くこと。















 














『でもまあ、最高だったよな』
『  』
『壱弥は?』

『              』


『…ふは、恥ず』
『シンプルに照れないでよ』
『うっせ。…えーっと、じゃあそんな感じで』




記憶と春の隙間に流れる、私と俺とおれの声。

思い出して泣いてしまうのは​───君の思惑通りで、少しだけ悔しかった。