「近所なら、これ運ぶから」
「いいよ、ついて来ないでよ」
「教科書どうするんだ?」
「焼却炉にでも放り込んどけばいいじゃん」
「僕がお前をイジメてるみたいでそれは嫌だな」

 緒方は二つの紙袋を私の足下に置いた。その時、一つの紙袋が破けて、数冊の教科書が木製の古いすのこの上に音を立てて散らばった。そのうちの一冊が私のかかとに当たった。全然痛くなかったけど、筋違いなのは分かってるけど、私はその時、強い怒りを彼に覚える。

「あんた、何すんのよ」

 私は隣に立つウザい男子をにらみつけた。一方、緒方は私から目を逸らさず、さりとてにらむわけでもない。だけど、私はすぐに戦慄した。何だ、この眼。私を見ているはずなのに、私を見ていないような。虹彩が真っ暗で、瞳孔との境目が分からない。べったりとつや消しの黒インクで塗りつぶしたような瞳。まるで作り物のような、和さんが趣味で集めているアニメキャラのドールのような機械的な印象を受ける。生命力が、感情が、そこからは大きく欠落していた。

「……あんた、生きてる?」

 思わず私はそう問うてしまう。

「何言ってるんだよ」

 彼は唇と眉毛だけで、笑ってみせた。

「目が死んでる」
「ああ、それは割とよく言われるかな」

 緒方はまるで他人事のように、そう答えると膝を折って私の教科書をかき集める。私はしばらくその様子を見下ろしていたが、彼に対する身勝手な自分の振る舞いがだんだんと恥ずかしくなって、「いいよ。自分でやるよ」と言って彼と同じように膝を曲げた。陰口を叩いたり、私のいないところで教科書を破り捨てようとしたのは、彼以外のクラスメイト達で、彼は何も私に危害を加えていない。それなのに、彼を同じように扱うのは間違っている。私の中のルールに反する。私は決して周囲の人間から良く思われようといい子ぶるつもりはない。でも、私は私の決めたルールは遵守しなければならない。

 そうしないと、たぶん私は、いつか、

「どうする、本当にこれいらないの?」