「じゃあ、五千円でいい」だが、加藤はさらっと僕の逃げ道をふさいだ。そして、「一階? 二階? あ、玄関に緒方のポストあるじゃん。207。二階じゃん」彼女は目ざとく僕の部屋を見つけ出すと、僕の背後に回って、「早く上がって、寒いんだから」と階段の方に両手で僕を強引に押した。僕は仕方なく革靴の底で金属音を鳴らしながら階段を登り始める。
「危ないよ、加藤押すなよ」
「緒方がぐずぐずしてるからじゃん。早く上がって。今、下に誰か来たら、私ヤバいし」
「何がヤバいんだよ?」
「このスカート短いから、パンツ見えちゃうじゃん」
「風俗嬢がそんなこと気にすんのかよ」
「当たり前じゃん。風俗嬢だって女の子だよ。そんなこと言ってるから、緒方は彼女出来ないんだよ」

 加藤は階段を登り切ると同時に、僕の背中を拳で強く一回叩いた。

「いてぇよ、客殴るなよ」
「お金をもらうまでは、お客として扱わない。ほらもっと奥でしょ。歩いて」

 事態は、僕が躊躇している間にもどんどん進んでいく。加藤は僕とたった五千円ぽっちで“する”ことにまったく迷いが無いようだった。僕は自分自身でも、今どんな感情を抱いているのか分からない。加藤とそういうことをするのが、嬉しくないといえば嘘になる。けれど、自分をモノのように安売りする今の彼女は悲しすぎる。僕は彼女との距離を未だ計りかねている。

 十年前と変わらない。

 友達じゃない。

 でも、それに一番近い子。