「コインパーキングになってた。元々ヤバいことしてた人だからね。私のこともあるし、あの家も売ってどっかに逃げたんでしょう」

 加藤は、そこまでしゃべるとうつむいて「私、詰んでるよね」と独り言のようにつぶやいた。僕は何とも言えない気持ちになる。
 十年前会った時の加藤は裕福な家の子だった。派手ではなかったけれど使っているハンカチやポーチは、普通の女子中学生では持てないようなブランド物だったし、髪も週一で東京から出店してきた高級美容室でカットしてもらうつもりだと本人の口から聞いたことがある。彼女は地味な公立中学には不釣り合いなお嬢様だったのだ。僕は下を向き、長い前髪で顔が見えなくなっている彼女のつむじを見て、不意に泣きたくなったのを唇を噛んで堪えた。

 彼女は、加藤杏は、こんな目に遭わなきゃならないような子ではない。

 だって、彼女は誰も殺してなんかいないんだ。

「加藤、お前さ」僕は声が震えるのを何とか抑えて、努めて普段通りのトーンで、話す。
「あいかわらず、可愛いつむじしてるな」
「つむじを褒められても、あんまり嬉しくないよ」
「お前、腹減ってない?」
「もちろん減ってるよ」
「奢ってやるから、近所のファミレスでも行こう」
「同情してくれるのは嬉しいけど、それなら一万円で私を買って」
「僕も突然のサービス深夜残業アタックをくらって、もう十時間近く何も食べてないんだ。性欲より食欲が優先なんだよ。お前が付き合ってくれるなら店に入れるし」
「緒方、未だに一人で飲食店に行けないんだ」
「周囲の視線が気になるんだよ」僕はカゴに入れたペットボトルととんかつ弁当を戻すために店内を歩き始める。加藤は僕についてきて、隣を歩きながら「自意識過剰だよ。誰も他人なんて気にしてないよ」と言った。僕は彼女の言葉に「そうなんだけどね」と返事をすると自動扉の出口付近に山と積まれているカゴに自分の手にした空っぽのカゴを返すと手ぶらで左右に開いた扉をさっさとくぐった。
「待って。緒方、足早いよ。女の子にはもっと気を遣って。だからモテないんだよ」

 後ろで加藤が悪態をつく。
 だが、その声は何となく明るくなったように、僕は感じた。