彼女の言葉に、僕は黙り込むしかなかった。返す言葉が何も見つからない。加藤はそんな僕をちらっと見て、また微かに唇を歪める。笑いかけて、やっぱりやめたという風に見えた。加藤は一回息を吐くと、視線を僕が手にした雑誌に移した。彼女は右肩に下げた灰色のトートバッグを揺らしながら僕に近づくと、僕から雑誌を取り上げてそれをぱらぱらと開いてカラーページを見た。だんだん彼女の眉の間隔が狭まっていく。

「緒方、女の趣味悪くなったね」
「そうかな、結構可愛い子だと思うけど」
「絶対、整形してるじゃん。目と鼻。あと豊胸手術もしてるね。こんなに細いのに胸だけGカップなわけないよ。シリコン入ってる。サイボーグだよ」
「別にその子と実際に付き合うわけじゃない。顔や胸が人工だろうが天然だろうが、別に僕は構わない」
「緒方、溜まってるんだね。彼女いないの?」

 加藤は僕に断りもせず、雑誌を勝手に元の場所に戻しながら尋ねてきた。

「そんなもの今までいたことないな」僕は正直に答えた。
「作らないの? 作れないの?」
「たぶん、両方だ」
「ふうん」

 加藤は僕の答えを聞くと、右手の親指を自分の口元に寄せて、爪の先を軽く噛む。考える時の彼女のクセだ。十年前と変わらない。深夜のコンビニで制服姿の加藤杏とこんな風に会話をしていると僕は錯覚してしまう。あの事件は全部夢だったのではないかと。本当は誰一人殺されたりしなかったのではないか。そして転校した加藤はあんな事件とは無関係に支援学校を卒業して、この町に戻ってきて僕と同じ高校に進学して、

「ねえ、私が一万円で抜いてあげよっか?」

 僕の益体のない妄想を、加藤が、リアルな言葉の弾丸で木っ端みじんに撃ち砕いた。

「抜くって、お前、」

 僕は眼前で、人差し指を天井に向かってぴん、と立てた加藤を見て、言いかけた言葉を飲んでしまう。

「もしかして、高いとか思ってる? 激安だよ。フツーはホテル代込み六十分で一万七千円くらいが相場。ちなみに私は人気嬢だからプラス四千円。指名料は二千円。合計二万三千円。半額以下だよ」
「風俗の相場なんて僕は知らないけど、加藤、お前、今そんなに困窮してるのか?」
「割とね。ネカフェ難民だし。私外に出てからまだ三週間だし、親はどこ行ったか分かんないし」
「元の家は?」