「緒方、前に私、言ったじゃん」加藤は笑顔をにこにこからニヤリに変えて言った。「女の子はね、皆ウソつきなんだよ」

 二の句が告げない。

 僕は呆然と母となった加藤とその息子を見つめて、ただ困惑する。

 僕は、

 僕は、どうすれば――。

「抱いてあげてよ」加藤が僕に身体を寄せて希を、息子を、僕に抱けと言う。「温かいよ」

 彼女の腕の中に居る幼子は、僕を見ると、途端に表情を曇らせる。この子はきっと悟ったのだ。僕は、緒方透は、危険な存在なんだ、と。

「……駄目だよ」僕は視界を涙で歪ませながら、首を横に振る。

「どうして?」加藤はまだ希を僕の方に、差しだそうとしながら微笑する。
「僕に、その子を抱く資格は、」

 ないんだ、と言いかけた時、加藤は素早く前に踏み出すと、息子を僕の胸に強引に押しつけてきた。希がバランスを崩して、小さな身体を傾かせる。下は固いアスフォルトだ。危ない。僕は反射的に希ごと加藤を抱きしめて、支えていた。希の体温と感触が僕に伝わってくる。不安になってしまうくらい柔らかくて、小さい。でも、加藤の言うとおりだ。温かい。その熱が今までの僕をたたき壊した。僕は声をつまらせて泣き始める。

「うわぁ……」

 僕の腕の中で、希は感嘆の声を上げる。その声にはもう怯えの色は無かった。むしろ興味深げにその子は、僕の胸や顔をぺたぺたと小さな指先で触っていた。

「固いね。それにおひげちくちくしてる」僕の顎を触りながら無邪気な声をあげる。
「ごめんね、今朝は、寝坊して、丁寧に剃ってないんだ」

 僕は加藤と希を抱きながら、涙声で答えた。

「どうして泣いてるの? 悲しいの?」

 希が小首を傾げて、僕の顔をのぞき込んだ。

「悲しくないよ、その逆だよ。僕が泣いてるのはね、僕が君と君のお母さんが、」

 僕は道端で、二人を抱きながら、嗚咽混じりの声で、そっと“真実”を告白した。

 やっと言えた。

 でも、そこに破壊衝動はない。

 僕は、今、救われたのだ。

 初恋の女の子と、息子に。

 僕は冬空の下、みっともなく大泣きをしながら、二人を力をこめて、抱きしめる。

「嬉しいのに泣くなんて、お父さんおかしいね、希」