俺は濡れた手で未だに溢れそうになる涙と頬を伝うそれをゴシゴシと拭った。



高藤の葬儀の後、俺は高藤の父親に呼び出された。
「君にこれを渡したかったんだ。
娘は私に見られるのは嫌がるだろうから。
それに…きっと君が持っていた方が娘は喜ぶだろう?」

「これ…
ありがとうございます」
白いハンカチに包まれて手渡されたのは高藤が書いていたノートだった。
なんだかその足で家に帰る気にはなれなくて、あのバーで読むことにした。
俺が来るのをわかってたかのように昼にもかかわらずバーテンダーは扉を開いた俺に見向きもせず
「どうぞ」
とカウンターに座るよう促した。

ペラペラとページをめくりながら見ていくと、あの時書いていた項目の横にチェックがされているものがいくつかあった。
といっても殆どは白いままだった。
最後までめくると見覚えのない、小さいルーズリーフを折りたたんだものが足元に落ちた。
「なんだ、これ」
開いてみると

"あれれ!見つかっちゃった?
この紙を見られてるってことはもう私は死んじゃったのかな。この紙を見てしまったラッキーな君に私がひとつ言葉をあげるね。

私からのありがたい言葉だからよく聞く?いや見る?ように!

【生きる理由がなかったら、私を理由に生きること】

早く死んじゃった私の分まで生きてってことだよ!

それじゃあばいばい!

私のことが大好きで大好きで大好きでたまらない松谷くん"
「ふは、大好きが多いっての」
「お客さん、泣くのか笑うのかどっちかにしてもらっても?」
気づけばまた涙を流していた。きっと一生分の涙を使い切る出会いだな。
「お客さんが笑ってくれて良かったです」
「え?」
「お客さんが笑ってくれなかったら私が一発芸する羽目になっていましたから」
「それってどういう…」
「お客さん、高藤様の娘さんが亡くなってからも来てくれていたでしょう。その時の顔はどっちが亡くなったのか分からないくらいでしたよ」
この人高藤がいた時にはペコペコしてた癖に今となってはケロッとした顔で冗談を言いのけるな…
「あと、それちゃんと最後まで読みました?」
「え?」
涙の歪みの奥に小さい文字で書かれた文が目に入った。
"そして、私の大好きな松谷くん"


「お客さん見違えましたね。ちゃんとした社会人に見えます」
「あと2年で社会人ですから。それにもう成人したんで。あいつに関わる人はなんで嫌味しか言えないんですか?血繋がってます?」
「いえいえ、滅相もありませんよ。
こちら、カイピロスカになります」
「いや早、
まだ来たばっかりで頼んでないんですけど」
「いいえ、頼まれましたよ。2年前あの方がね」

俺の前でこの店のバーテンダーが"あの方"と言えば指す人物はあいつしか居ない。
「大学では心理学を専攻したそうで、
そんな方ならこの意味くらいわかりますよね」
「…カクテル言葉ですか。
はは、回りくどいあいつが考えそうなこった」

カイピロスカのカクテル言葉は
「よりにもよって明日への期待、かよ」

あの時と変わらず死ぬことに恐怖はないが、
俺は今、胸を張って言える。

"生きたい"と。