「いいの?」
好きでも嫌いでもない、無関心と言った方がこの場合は正しい。かといって会話が無いわけじゃない、が進んで会話をする訳でもない。名前だってすっと出てこない。関わりといえば1年の時に同じクラスだった程度。俺がそんな印象しか持っていないやつが何の用だろうか。
「…何が」
急な問いかけに俺は言葉を詰まらせながら返答した。
「煙草。電子なのはなけなしの配慮?」
こいつの辞書には"遠慮"という文字がないのだろうか。この関係性で何故こうもずけずけと聞いてこれるんだ。
「うっせ、俺が煙草吸おうがお前には関係ないだろ。つか何でこんなとこ来んだよ。普通に生活しててこんなとこ通んねぇだろ」
本当に"こんなとこ"だ。
少子化が進むこのご時世で、全盛期は千数百人いたこの学校も今では千人弱になり、俺とこいつが今いる4階は階段での移動が大変だから、と使われなくなった。そんな訳でこの階が使わなくなってからは掃除もされず人の通りも全くなく、1歩踏み入れれば自分の足跡が残るような場所。
「人に五月蝿いって言った割にはよく喋るのね」
こちらを見やり目を細め首を傾げながら高藤はそう言った。
「……」
一々難癖をつけてくるこいつに文句のひとつでも言い返せればいいのだが、こいつのペースに乗せられるのは癪なので咄嗟に呑み込んだ。
しかし勝手に聞いてきたくせにこちらの問いかけには答えないその態度に俺はムッとした。
「いつも昼休みに教室からいなくなると思ったら
ここで煙草吸ってたんだね」
「…で?」
これ以上眉間の皺を濃くされるのも腹が立つので今度は最低限の言葉に収める。
「勿論、普段はこんなとこ来ないよ、
松谷君が見えたから」
「答えになってないだろ。俺とお前そんな関わりないよな」
さも当然かのように高藤は言うが記憶に無いだけでこいつに追いかけられるような出来事があったのだろうか。
「あら、もっと眉間に皺が寄ったね」
高藤は先程よりも嘲るような表情でそういった。
これ程会話だけで相手の気分を害すのが上手い奴、深く関わっていたなら覚えていないはずがない。
であれば何を目的に態々こんな所まで俺を追ってくるのか。
「いいから質問に答えろ」
「ねぇ、1年の時作文書いたの覚えてる?」
「はぁ?先に」
「答えて」
自分は俺の質問に答えないくせに俺には答えろだなんて勝手なやつ。
それでも俺の文句に被せてきたこいつの言葉の勢いに呑まれ、開けていたと言うよりも開いてしまっていた口を閉じる。
のらりくらりとした会話だと思っていたが本題にやっと入るようだ。
そう察せても作文に関しては何の話か検討がつかない。
「1年の時に書いたでしょう?余命わずかならってやつ」
高藤の言葉が俺の頭の鍵を開けたように、脳内に浮かぶのははっきりとしたその時の授業の様子と内容だった。
「…うろ覚え」
高藤の話の本質が見えない中で完全な答えは提示したくなかったので曖昧な返事をしながら俺はかぶりを振った。
「へぇ、そんな言葉が出てくるなんて。私が考えていたより…いえ、見た目より利口なのね」
真面目に返答したらこれだ。
わざわざ言い直すようなことか。
もう口を開けるのさえ億劫になってくる。
『この時間は作文を書いてもらいます』
担任のその一言で周りはどよめいた。
俺も例外ではなく、
なんで高校生にもなって道徳じみた事をしなければいけないのか、と。
口には出さなかったが。
そういえばあの時こいつ…高藤は隣の席だった。
思わずあぁ、と声が出る
「思い出した?私たち隣の席で作文交換してお互いの読んだでしょ。」
納得はしたものの、それがなんだというのか。
俺自身煙草は吸うが世間の言う不良では無いので卒業するために授業には出る。
だから改めて言われるほどの大層なことではない筈だ。
「……」
急に高藤が口を開くのをやめた。
作文を交換したことは記憶の片隅に残っている。
高藤の作文がこの会話を導いてる可能性は少なからずあったがどんな内容だったかは覚えていない。建前上交換しただけで読んでいない可能性だってある。
話していても黙っていても思考回路が読めない奴だ。
先に沈黙を破ったのはそれに耐えられなかった俺だった。
「それがどうした」
俺が話しかければ再び口を開き始めた
「内容は?覚えてる?」
「どっちの」
「君の」
「微妙」
「あの内容は君の考え?」
「内容なんて程でもないだろ、文量だって1枚いかない」
俺は頭を掻きながらそう言った。
作文の題は
余命わずかだとわかった時どう感じるか、どう行動するか。
また何か高藤が黙り込んで考えている。
急に問いかけては急に黙り込む、結局は何が言いたいんだ。こいつは。
「他の時間の作文は覚えてる?」
「他は…いや、"も"微妙だな」
俺が答えた瞬間、
高藤の右の口角が力が抜けたように上がった。
笑われるようなことだろうか。半年前のことなんて覚えてないやつがほとんどだろう。
「…やっぱり。私と同じ人だ」
俺にはこいつの言っている意味が全く理解できなかった。同じ?こいつと同じ所なんて皆無だろう。
「また眉間に皺が寄ってるよ」
皺をつまみながら嘲笑して高藤が言ってくる。
自分でも皺が寄っていることを自覚していたがそれがこいつのせいである事に腹が立つ。
「っやめろ、意味が分からないからだ」
高藤の手を振り払いながらそう言った。
「その内教えてあげる」
またね、と言って高藤は階段を下りていった。
こちら側からは全く読めないのに、
向こう側からは全て見透かされている。俺が苦手とするシチュエーションだ。
そのうち教えてあげる、ということは
あんな奴とまだ関わらないといけないのか。
俺は電子タバコの電源を消し、珍しく2人分のあしあとが残った道を戻った。