梅雨が明けた七月の中頃に、ひまりの退院が決まった。
 数日続いた梅雨終わりの大雨も昨夜には上がり、その日は抜けるような青空が広がっていた。

「ほら、ひまり」
 母といっしょにひまりを迎えにいった僕は、きれいに片付いた病室で待っていた妹に、持ってきたランドセルを渡した。
「へ、なんでランドセル?」
 パジャマではなく、久しぶりにお気に入りの花柄のワンピースに身を包んだひまりが、きょとんとした顔で首を傾げる。
 けれどそれを受け取るとすぐに、その重さに気づいたのか、はっとしたような顔になった。

「退院祝いだよ」
 僕が言うと、ひまりは急いでランドセルを開け、中を見た。
 途端、目を見開き、わあ、と大きな声を上げる。
「すごい! ベリーちゃんだ! わあ、これも、これも!」
 ひまりは頬を紅潮させ、興奮した様子で中からノートや文房具を取り出していく。その横から母が、
「ぜんぶお兄ちゃんが買ってくれたのよ」
 そう言うと、ひまりは弾かれたように顔を上げ、僕を見た。
 文房具を胸に抱きしめるように抱えたまま、くしゃっとした、これ以上なくうれしそうな笑顔で、
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「これから、勉強頑張ってよ」
「うん!」

 笑顔のまま大きく頷いて、ふたたびランドセルの中に視線を戻したひまりは、そこでなにかに気づいたらしく、「ん?」という感じで首を傾げた。
「なに、これ」
「算数のドリル」
「へ」
 ランドセルから引っ張り出したそれを見て、ひまりの表情がちょっと曇る。その横で、母がおかしそうに笑っていた。
「帰ったら、いっしょにやろうな」
 かまわず笑顔で告げれば、一拍置いて、「えええ!」というひまりの上擦った声が病室に響く。
「今日から!?」
「当たり前じゃん。もう来週から学校なんだから。追いついとかないと」
「うわあオニー!」
 いつの間にか病室に入ってきていた担当の先生と看護師さんも、そんなひまりを見て笑っていた。

 病院を出ると、水たまりが日差しを浴びてキラキラと光っていた。
 そこここでセミの鳴き声がする。駐車場の隅に植えられたヒマワリが、陽炎の向こうで揺れていた。
「はやくおうち帰ろう!」
 待ちきれないように、ひまりが母の手をぐいぐい引っ張って歩きだす。
「ちょっと引っ張らないでよ」と言いながらも、母はひまりの手を振りほどこうとはせず、笑顔で引きずられていた。

 なにもかも眩しくて、僕は目をすがめる。
 足取りを弾ませるひまりの背中で、ランドセルが音を立てて揺れていた。