苺苺が紫淵から最高位の百花瓏玉を賜った、七日後――。
 燐華城の後宮内には〝宮市〟が来ており、各州随一の商店たちが数多の露店を広げて賑わいを見せていた。
 紅玉宮の筆頭女官である怡君、そして春燕と鈴鹿を従えた木蘭は、宮市の大通りを胸を張って練り歩く。
 そんな木蘭の隣で、苺苺は紅珊瑚の双眸で露店をくまなく見回しながら、「これが宮市……!」ときらきらと瞳を輝かせていた。
 どこを見渡しても上等な天幕が掛かった露天が広がり、一級品の織物や宝石が並んでいる。
(はわわわ、なんとご立派な品々でしょうか……! 国宝を手がける職人の皆様もいらっしゃっているとか。まさに燐華国を表す宝物殿のようですわ! ひと目見ただけでも、最下級妃のわたくしにはまったく手が届かない商品だとわかりますっ)
 そんな国宝級の品々が並ぶ商店の商品棚には、ところどころ空白がある。
 ということは、誰かがこの最高級品を購入したのだろう。
(もしや紅玉宮の女官の皆様が噂されていた、かの貴妃様の……?)
 女官や宦官が噂を広めているのか、すでに皇帝が治める後宮の西八宮に住まう貴妃が、
『夜光貝の螺鈿(らでん)と純金の截金(きりかね)で仕上げた最高級の付け爪を、職人の言い値で購入したらしい』
と話題になっていた。
(その価値は、どうやら王都に邸をひとつ構えられるほどだというのだから驚きですっ)
 宮市に訪れる順位は西八宮からとなる。
 というわけで、苺苺と木蘭が宮市に訪れたのは、西八宮の妃嬪たちが宮市を訪れ、東八宮までその噂が回ってくるほどの日数を経た後であった。
「それにしても、初めてのまるで王都の街並みが突然現れたかのような錯覚に陥ります。ここが後宮の正門の前だなんて」
「奇術のように見えるか?」
 木蘭は「ふふん」と得意げな様子で、隣に立つ苺苺を見上げる。
 この宮市の開催に際して、木蘭も皇太子の最上級妃として意見した立場らしい。
「はい。おっかなびっくりと言いますか、幻術を見ている気分です。どこもかしこも活気もありますし、商店の品揃えも豊富で……」
「今回の宮市は皇帝が呼んだものだ。西八宮の妃嬪が中心で呼ぶこともあるが、やはり比べるとその差は歴然だな」
 後宮では時に皇帝や妃嬪、時に皇子や公主が主催者となり宮市を呼ぶ。
 その意図は、例えば慈善事業や勤労感謝のためであったり、権力や財力を知らしめるためであったり。時には自分より地位の高い妃への贈り物として、彼女の思い出深い街並みを再現することもある。
 だが逆に、他州出身の妃嬪を貶めるような意図を含んだ宮市が行われることもあったりと……開催理由は実に多岐に渡った。
 此度の宮市は、皇帝陛下が八華八姫の慣習に則り入宮した皇太子妃たちを祝すという名目で、八華への労いを込めて開かれたもの。
 なので、各州から分け隔てなく衣裳や織物、宝飾品、陶磁器、仏具、茶葉や菓子など多岐にわたる分野で随一の有名専門店が集っていた。
 皇后や四夫人にしか手の届かないような品から、中級妃、下級妃、そして後宮を支える女官たちにも手が届くような品を置いている露店もある。
 だからと言って粗悪品というわけではなく、値段に応じた上等な品ばかりなのだから、その賑わいはまるで宴の様相を呈していた。
「王都を含んだ九つの州の最高峰が、ここに集ったんだ。きっと燐華国のどこを探しても、ここより素晴らしい街並みはないだろう」
「はぁぁ。確かに、わたくしの人生の中で見た一番賑やかな街並みやもしれません。初めての宮市、恐るべしです」
「妾もいつか、苺苺のためだけに宮市を呼ぼう」
「ええっ!? 木蘭様がわたくしのためにですか!?」
「ああ。期待していてくれ。皇太子宮に、世界中から苺苺のために腕利きの職人を呼んで、様々な技法の刺繍が施された品々を買い付けよう。それから燐華国では見たこともない茶菓子も取り寄せさせる」
 木蘭は襦裙の大袖で口元をちょこんと隠しながら、上目遣いで可憐な微笑みを見せる。
(あああ、木蘭様がかわゆすぎます……っ!!)
 苺苺の高鳴る胸は、その微笑みにずきゅんと撃ち抜かれる。
「木蘭様が好きすぎて語彙が溶けます……っ。この溢れる想いを、わたくしはどうしたらいいのでしょうか……っ」
(ありがとうございます。ですがそんな壮大なことをなさらなくても、わたくしは木蘭様とずっと一緒です)
 まさか心の中がだだ漏れになっているなんて気づきもしない苺苺は、頬を真っ赤に染めて、とろけるような笑みを浮かべながら円扇で目元の下までを隠す。
 それを直視した皇太子である紫淵は――木蘭に言われた言葉だというのに、胸の奥底がぎゅっと締め付けられる思いがした。



 ◆つづく(更新をお待ちください)◆