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 十二月三十一日。時刻は、二十三時二十分。今年もあと四十分で終わろうとしていた。

 コンコンッとノックされたあと、「お母さんだけど」とドア越しに声がくぐもった。
 ベッドから立ち上がり、ドアノブを捻って開ける。

「もう少ししたらおそば食べるからリビングに来てね」

 いつも年越しそばを食べる習慣がある。

 もしかしたら私が来ないかもしれないと思ったのか、お母さんは念のため言いに来たのかもしれない。

「うん、分かった」

 クリスマスに少しだけ歩み寄ることができた。そのおかげもあってか、心なしか気分が落ち着いていた。

 それだけを言うと、お母さんはいそいそとリビングへ戻る。

「そういえば……」

 去年の大晦日は、受験勉強で忙しくて年越しそばも自分の部屋で食べたっけ。海老天がぷりぷりでおいしかったなぁ、なんて一年前の記憶がつい昨日のことのように思い出される。

 受験勉強中の私は、なにかとピリピリしていたことも追加で思い出して少し苦い思いが広がった。

 ──ピコンッ

 ふいにスマホが鳴る。ベッドに置きっぱなしだったのを掴み、画面を操作する。差し出し人は、〝千聖くん〟だった。

「ど、どうしたんだろう……」

 あけましておめでとうメッセージなんて、まだ早すぎるし。かといって、彼がそういうことをするとは……いや、可能性はゼロではない。

「……え?」

 トーク画面を開くと、そこに書かれていた言葉は。

【今から初詣に行かない?】

 ──だった。

「え、今からって今から……?」

 盛大にひとりごとをつぶやきながら困惑して、慌ててそれを文字に起こす。
 すると、すぐに既読がつき、一分も経たないうちに返信が返ってくる。

【うん、今から。ていうか、前に一度美月を送ったところまで来てるんだけど、そのまま真っ直ぐ進めばいい?】

 なんて、今度はわけの分からないことを聞き返されて。

「えっ、はぁ……?」

 素っ頓狂な声を漏らしてしまう。

 〝前に一度美月を送ったところまで来てるんだけど、そのまま真っ直ぐ進めばいい?〟

 それって私の意思関係なしに初めから初詣に連れて行く気じゃん……!

【とにかくそこで待ってて。すぐ行くから】

 私は慌ててそれだけを打ち込むと、部屋着だったそれらを脱ぎ捨てて着替える。そして小さなカバンにスマホとサイフだけを突っ込んで、部屋を出た。