◇
原さんとカフェで話をして数日が経った。千聖くんとはあれ以来、連絡をとってはいない。
「はあ、どうしよ……」
机の上に本を広げてみるけれど、内容なんか全然頭の中に入ってこない。心が乱されて、落ち着かない。
原さんと話をして、自分がどうしたいのか分かったからかな。
まさか自分の口から〝仲直りしたい〟なんて出てくるとは思わなかった。
けれど、時間が経てば決断力は段々と鈍ってくる。あのときは原さんと話をして気が緩んだだけかもしれない。原さんに誘導されたのかもしれない。あれは私の言葉ではなかったのかもしれない。
そう思うと、やっぱり行動なんかできなかった。
きっと今頃千聖くんは、私のことなんて忘れてクラスメイトと楽しい日々を送っているに違いない。私がいないだけで、何も変わりはしない。世界は回ってゆく。いつのまにか私のことを忘れてゆく。
──ただ、それだけだ。
だから、これでよかったんだ。
これで……
「──美月」
ふいに私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
その瞬間、私の心はひどく動揺する。
だって、その声は──
「……なっ、なんで……」
ここに現れるはずのない、千聖くんの姿があった。
「美月とちゃんと話をしようと思って」
私の目の前にいる彼の表情は、少し穏やかではなかった。
そりゃそうだ。なんせあんなひどいことを言ったんだ。怒って当然。
──ガタッ。
「……教室には来ないでって言ったじゃん」
慌てて椅子から立ち上がり距離を取る。
「うん。でも、美月と話すためにはこうするしかなかった」
教室の中は、なんだなんだとざわめき出して、注目の的になる。普段目立たないように過ごしてきた私からすれば、それは居心地が悪い以外のなにものでもなくて。
「っ」
──早くここから逃げ出したい。
でも、足が鉛のように重たくて、酸素が足りなくて息が苦しくなる。
「だから、ちょっとだけ美月の時間もらうから」
穏やかな表情が少し戻ってくると、ふいに私の手を取って歩き出す。
「ちょ…っ、待っ……」
切羽詰まった私は言葉を出すことさえもままならなくなって。
教室の中は「何々?」「何かあったの?」という言葉とともに、たくさんの視線を感じとって、顔を下げる。けれど、人とぶつかることなく進んでゆけるのは、彼が私の手を握って誘導しているから。
守ってくれるから。
──私、ようやく息ができそうだ。
***
そうして逃げてきたのは、屋上だった。
──チャイムが鳴り、授業が始まる。
グラウンドで体育の授業をしているのか、わーわーと声が響いた。
授業中、私たちだけが屋上にいる。不思議な感覚が私を襲った。