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「高野、これ半分持ってくれ」

 授業終わり、数学の先生に頼まれる。

 おかげで休み時間は潰れた。といってもべつにいつも無駄に潰していたから用があるだけマシかも。
 数学準備室まで荷物を運ぶと『すまない。助かった』と言われて、あとにする。

「千聖ー、こっち来て」

 ふいに聞き覚えのある名前が呼ばれて、ぴたりと足が止まる。教室の上の小さな看板を見上げると【1ー2】と書かれていた。

 ──ということは今の〝千聖〟って……

 ドアから中を覗けば、輪の中に混ざる彼の姿が見えた。

「なにー?」

 楽しそうに笑う彼──千聖くんの姿。

「なぁなぁ、これどう思う?」
「おー、いいんじゃない。似合ってる」

 たくさんの輪の中に混ざって、楽しそうにはしゃぐ姿は、高校一年生そのもので。けれど、私はその姿を見たことがなかった。初めてだった。

 ──チクリ、胸が小さく痛んだ。

 まるで小さな棘が刺さって抜けない痛みが広がっていく、それに似ていた。

「ねぇねぇ、千聖くん。私のは、どう? 髪の毛、美亜にしてもらったの」
「あー、うん。可愛いと思うよ」
「えー、ほんと? よかったあ」

 彼を取り巻く男女数人。みんなキラキラしていて可愛くて、私とは対照的な過ごし方。

 私の方こそ千聖くんのプライベートを知らなかった。どんなふうに過ごして、笑って、しゃべって。どんな人なのか。全部を理解できてはいなかった。

 べつにそれが彼のせいではない。私だって言っていないことはたくさんあるから。人のことは言えない。

 ──ただ、勝手に思っていた。

 千聖くんも私と同じかもしれないって。何か悩みがあって、後悔もあるんだって。そう思って仲間意識を感じていた。

 けれど、違った。

 私と千聖くんの住む世界は、全然違った。

 私は一体、今まで何を見ていたんだろう。

 恥ずかしくて、この場にいるのが嫌になる。それなのに足が鉛のように固まって動かない。