「…………なんでだ?」 

ヤマモトの唐突な話にひどく苛立った声で噛みつくように訊ねた。

「察しのいい古久根君なら気づいているかと思っていましたが……。古久根君たちが行動できる日は三日に一日で、その人数は三人。これで分かりましたか?」

ひどく落ち着いた声だった。

「いや全然分からないんだけど。何が言いたいんだよ?」
 
僕はやっと見つけた明るい未来への道を邪魔され、泥水を差された気分で苛立ちを隠せない。

「つまりはですよ、三人の起きている日がちょうど一日ずつずれているから、永遠にお互い会うことは出来ないって訳ですよ。古久根君、大丈夫ですか? そんなに気を落とさず、これまでどおり頑張っていけばいいのですから。私は古久根君の味方な…………」

僕は突然目の前が真っ暗になったような気がした。
鈍器で頭を強く殴られた感じがして、頭は何も考えられない。

ヤマモトの声が急に聞こえなくなり、僕から一方的に通話を切る。

今頃になって灼熱の熱気を感じ、ひどく目眩がする。

僕は立っているのが辛くなって、膝に手を置いて俯いた。

コンクリートが揺れて見える。
気持ちが悪い。
気力も喜びも全てそぎ落とされていく。
自動車の騒音が絶え間なく聞こえて、思わず耳を塞ぎたくなる。
手に持っているスマホは衝動に駆られるまま道路に投げつけたかった。
粉々に踏んづけたかった。

しかしすんでの所で思い留める。
ヤマモトさんから着信がきていたが無視してポケットに入れる。
入れてなお振動を続けるそれに苛立ってすぐに取り出し、僕は電源ごと落として再びポケットに入れた。

日はまだ高い。
僕は公園のベンチに座って気持ちが落ち着くのを待つ。
これからについて考え、何か他に方法はないかと考えた。
一度解決策が見えたのだから別の方法だって十分に思いつく可能性はある。
しかし座っているといつまでも考えがまとまらなくて、訳もなく歩いた。

気づいたときには僕は今どこにいるのか分からなかったが、そんなことはもうどうでもいい。
ひたすら歩いた。
幸い時間だけはたくさんある。

一度目指すべき将来を思い描いてしまったら、もうなんとしてでもこの手に掴み取りたい。
いつも諦めだけは得意だった僕がこんなにも躍起になっているんだ、可能性が残されていないわけがない。

いつの間にか夕暮れが終わり、夜になっていた。
今日も相変わらず熱帯夜のようで、歩いているだけで額に汗が滲む。

今、自分がどこにいるのか分からない。
見たことのない景色。
初めて見る地名の表札。
僕は自分の住む土地の他に興味はないので、ここがどこなのか全然分からなかったが、何も知らない土地でどこに行くでもなくただ歩き続けるのは楽しかった。

流石に最後は疲れて、適当にタクシーを捕まえ自分の家まで運んでもらった。
初めて手を上げてタクシーを引き留めた。
どれだけ遠くまで歩いてきても、結局最後は元いた場所に戻される。
現状から進むことができない僕に最後まで解決できる何のアイデアも思い浮かんでこなかった。

ただ歩くしかない脚と重いだけの脳に疲労をずっしりと溜まって、そのうち地面が僕の足を離さなくなる瞬間が来るかもしれない。
そして地面ごとゆっくりと沈み、地下深くの暗いところへと吸い込まれていき、平衡感覚を失って、どこまでも落ちていくのではないかというような幻覚に襲われる。
 
僕は家に着くと夜ご飯を食べるわけでも、部屋の掃除をするでも、風呂に入って寝る準備をするでもなく、寝室に直行した。
ベットが僕を包み込んでくれるようで、すぐに瞼を閉じた。