とりあえずは屋敷の使用人たちへの挨拶回りは、これで終了だった。
しかし非番であったり、買い出し等で挨拶できなかった人たちもまだまだいるようだ。
その辺はまた顔を合わせた時にということになったが、正直すでに顔と名前が一致していない。
ファーストインパクトを残した数名と、その他に覚えられたのが二十人程度。これでも頑張った方だと思う。初日で全員は厳しいって。
執事長や家令、メイド長クラスになると、屋敷の人間を全員把握しているらしいが、ほとんどの人間は覚えきれていないらしい。
クリアにも「本当にお前が全員覚えきれるとは思っていない」と言われたぐらいだ。
じゃあなんでクリアは覚えてるんだ……その記憶力を分けて欲しい。
まあ、ないものねだりをしていても仕方がない。
人の顔と名前はおいおい覚えることにしよう。
「こっちが花園で……こっちが馬小屋……」
挨拶回りのあと、敷地内の地図を貰った俺は、さっそく周辺を散策してみることにした。
散策についてもバートル様から、あらかじめ許可を取っている。
クリアはというと、そろそろお嬢様の朝食のお時間ということで、別邸へと引き返して行った。
そんなクリアから去り際に「失踪はするなよ」と言い捨てられた俺は、一人でエムロイディーテ侯爵邸の敷地内を歩き回っている。
「ほ〜……花の香りがすごい」
季節は春。
花園には、赤、黄、白、ピンクといった明るい色合いの花々が可憐に咲き誇っていた。
手入れが行き届いた仕上がりに、間抜けな声が口からこぼれる。
「にしても……この屋敷の敷地面積は一体……」
花園ひとつを取ってしても、三つの園で区切られている。
それだけでかなりの場所が使われていた。
さすがは国防を司る立場にある侯爵家というべきなのか。
この国の他の侯爵家や公爵家が、どれほどの権力を握っているのかはまだ把握しきれていない。
だが、王都の中でこれだけ壮大な敷地を維持できているという時点で、エムロイディーテ侯爵家は明らかに飛び抜けていると思う。
「えーと、ここが花園その1……っ、その1!?」
地図を頼りに進んでいたが、途中でぎくりと体を震わせ立ち止まった。
地図は事細かに道順が記載されているわけではないが、煉瓦の道に舗装された地面には、ここが今どこかを知らせるための『1』の数字が彫られている。
「まさか、ここって……禁止エリア?」