それから、バートル様の許可を得て本邸の使用人たちに挨拶回りをすることになった。

「次は洗濯場だ」

 屋敷内にいる使用人からはじまり、外で洗濯作業に勤しむ従僕たちのところへ向かう。
 挨拶回りはいいけど、人が多すぎて覚えられる気がしないんだが。

「クリア……」
「なんだ」
「まさか屋敷にいる全員の名前とか、覚えてたりする?」
「当然だろう」

 何を当たり前のことを、といった目を向けられる。

「言っておくが、エムロイディーテ侯爵邸内には使用人だけではなく、百を超える騎士団の人間がいるんだ。そちらも全員覚えろとはいわないが、中には貴族の出の者もいる。十分気をつけろ」

 エムロイディーテ侯爵家現当主……クリスティーナお嬢様の父親は、ハンバルト王国の国防を担うエムロイディーテ第三騎士団団長である。
 近年、アデランド大陸内で国際間の紛争などはないものの、魔物と呼ばれる邪悪な生物の誕生により死傷者が後を絶たないのが現状だった。
 魔物は国内、国外と神出鬼没であり、その出現率が高いとされているのが、国境付近である。
 そのため、第三騎士団は常に国境にある要塞に駐在し、魔物の進行を阻止する役目を負っていた。

「だから、あまり騎士団の訓練所には近づかないように。貴重な魔法転送塔も建てられているんだからな」
「……覚えることが、たくさんだ……」

 そんな国を守る第三騎士団の猛者たちの訓練所本拠も、このエムロイディーテ侯爵邸敷地内にある。

 王都にあるエムロイディーテ侯爵邸から、それぞれの要塞を構える国境までは途方もない距離があるが、その距離を解決する『魔法転送塔』というものが、敷地内にはあった。

 簡単にいえば、侯爵邸から各要塞地へ一瞬に移動できるという便利なものである。
 もちろん色々と条件があるわけだが、魔法転送塔のおかげで第三騎士団は要塞からすぐにエムロイディーテ侯爵邸に戻ることができ、日頃の訓練も侯爵邸内で行うことが多かった。

「挨拶周りが済み次第、敷地内の地図を渡す。主に本邸、別邸、第三騎士団訓練所と三箇所に区切られているが……お前、失踪だけはしてくれるな。そんなことになったら恥だ」
「失踪て」

 ──どんだけ広いんだ、エムロイディーテ家!