いつの間にか、ざわめく木々の声は波の音へ、自然の空気は馴染みのない塩の香りへと変わっていた。

 毎日のように手入れがされている森の水はゴミ一つなく透き通ったもので、時々木の枝や草花が泳いでいるくらいだが、目の前の海は違っていた。枝は枝でもどこから来たのか分からない枝が浮いていて、水は浅瀬の底こそ見えるものの濁っている。物珍しげに観察した後、指で一舐めしてみたところ調味料のようなしょっぱさが感じられ、人が生きる上で必要不可欠な水の役目を放棄しているようだ。


「どうですか? 初めての海は」

「勝手に入るな、食べるなって怒っているところ、心が狭いなって思う」


 鳴り止んだ波は再び声を上げ、この足を攻撃する。痛くなければ痒くもなく、人間を相手にさぞ苛立っていることだろう。そろそろ大技で襲いかかってきてもおかしくはない。


「波は怒っているのではなく、そういうものです。船乗りの命を奪うほど荒れ狂うときだってあるんですよ。今日はとても静かで平和な日です」

「これで?」

「でなければ、アナタを連れてくる筈ないでしょう」