天に輝く乙女薔薇(ピンクローズ)が消え去って、夜はまた星月と紫紺に支配された。

 光跡が消えるのを、ユリアンは最後の一条まで見届けた。

 去り際の輝きがひときわ美しかった。今宵最大の真っ赤な花火を、小さな純白が飾り立てて淡く色彩を変え、潔く散っていった。

 ふっ、と笑いがもれた。

『あなたの幸せを祈っています』

 いや、彼女はもっと手厳しい。幸せにならないと許しませんよ、とユリアンの背を叩いてくれるだろう。

 ぐっと背すじを伸ばした。

 国のため、家族のため、そしてエルフリーデのためにも、婿入りすることを決心したのは彼自身だ。

 三年もの間、エルフリーデとともに歩んできた。彼女が強く生きていけるように育ててきたつもりだった。どうやらそれは、彼が考えていたよりも遥かにうまくいっていたようだ。切ないけれど、誇らしい。

「次は、俺がしゃんとしないと」

 体のいい人質だとただ嘆いているだけ、そんないじいじと後ろ向きな日々はもう終わらせなければならない。

 婿になったからといって、会ったこともない女王を突然愛することはできない。それは変わらない。

 だったら、自分らしくやればいい。

 あのさ、と侍従に声をかけると、今まで黙って控えていてくれた彼はユリアンに寄り添った。

「カースィムの女王ってどんな女性なんだろう?」

 侍従は一瞬驚いて押し黙り、ほっと息を吐いた。

「ユリアン様が女王のことをお尋ねになるのは初めてですね」

「そういえばそうだな……」

 形ばかりとはいえ妻となる女性のことなのに、為人(ひととなり)を気にしたこともなかった。

「ユリアン様と同じ年頃の、聡明で潔いお人柄のようですよ」

「そうか」

 この大国を若くして治める女性だ、並大抵の方ではないのだろう。エルフリーデと同じように。

 彼の耳に街の喧騒が届く。カースィムの人々もあの花火を楽しんでくれただろうか。

 この大国のことをユリアンは商売相手としか知らなかった。だが初めて迎えた新年祭は気に入った。富める者も貧しき者も宴を楽しむ。その慣習と、背景にある人を慈しむ文化に、人の体温を感じる。

 この国の女王は、きっと悪辣な人ではあるまい。

「女王と友人になりたいな」

 子どもみたいな願いだ。けれど“寵を競う“などユリアンにはどうしても馴染まない。彼にできるのは、まず一人の人間として女王と向き合ってみることくらいだろう。

「今さらで申し訳ないけど、明日の女王との祝宴の趣向を少し変えられるかな?」

 かしこまりました、と侍従は一礼する。

 ユリアンはもう一度天を仰いだ。今はもう当たり前の星月夜が広がっている。

 瞳を閉じた。まぶたの裏には、乙女薔薇(ピンクローズ)の煌めきが。

 ありがとう、と呟く。

 ――エルフリーデの花束、ちゃんと受け取った。

 そのやわらかな輝きが、生涯己を支えてくれる。
 ユリアンの胸に、あたたかな確信が芽生えていた。